2009年 07月 20日 ( 1 )

パラダイムの変換

「乳酸は疲労物質ではない」という見解について、雑誌「ランナーズ」8月号と「ランニング学研究」第21巻第1号でたまたま同時期に読んだ。運動生理学の専門家にとっては常識に属することかもしれないが、私にとっては初めて知るところとなった。
c0051032_1161473.jpg
「ランニング学研究」で発表した八田秀雄氏によると、「ランニングの疲労は多くの原因によっていて、特に長距離走の場合は乳酸以外の要因を考えたほうがいい」書いている。さらに「マラソンの疲労は乳酸蓄積が原因ではない。それどころか糖がないので、そのことで乳酸ができないから疲労する」。つまり、「乳酸は疲労の原因ではなく結果である」と主張する。


「ランナーズ」で「運動生理学で「走り」の不思議を解き明かす!」を連載する伊藤静夫氏は、乳酸についての「パラダイム変換が、アフリカランナーの強さの秘密を解く鍵になる」して、3つの新説を紹介している。一つ目の「乳酸シャトル(運搬)説」は、「速筋繊維でつくられた乳酸が、遅筋繊維へ運ばれ、そこで酸化され完全燃焼される。<燃えかす><老廃物>と考えられていた乳酸が、実はさらに燃料として再利用されている」というのである。

ランナーズ 2009年 08月号 [雑誌]

ランナーズ


昨年9月のベルリンマラソンで、驚異的な世界最高記録を作ったハイレ・ゲブレセラシエの後半の強さには、糖質を利用する手段としての乳酸シャトルの働きがあると見る。前半より後半が速くなるペースアップ型のことを「ネガティブペース」と呼ぶのだそうだが、ゲブレセラシエに限らず、概ね国内の男子マラソン大会で優勝を勝ち取るアフリカの選手たちは、後半、特に30キロ以降の終盤に大きくペースアップすることが多い。そのスピードの解明に、走るエネルギー機構についての研究が欠かせない。

少し古いテキストだが、宮下充正氏の「トレーニングを科学する」(NHK市民大学、1988年)によると、球技でのハイ・パワーの持続についての解説の中で、「素早い攻撃や防御の行動がとれる選手は、たくさんの乳酸を産出する能力と同時に、乳酸を除去する能力も有しているとみられる」と書かれている。この時点ではまだ、乳酸はいかに除去されるべきかという視点からの研究だが、パワートレーニングのタイプと乳酸発生のメカニズムに注目している意味では、「除去」から「利用」への萌芽が見られるように思う。

選手のDNAや生まれた環境はいかんともしがたいものがある。しかし、乳酸の再利用で体内のエネルギー革命が推進されれば、マラソンでいえば35キロ以降の勝負所でしっかりスピード対応ができるトレーニングが開発され、日本にも再びマラソン王国と呼ばれる日が来るかもしれない。
[PR]
by hasiru123 | 2009-07-20 11:06 | 基礎知識