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身体を使う音楽

オーケストラとバレーダンサーの双方にかかわる指揮者は大変である。

「バレエ」というと、オーケストラは「オーケストラピット」という、ステージと客席の間に設けられた場所で演奏するのがふつうだ。そのため、オーケストラピットは客席からは見えにくい。ところが、今回見に行った(聴きに行った)「青島広志のバレエ音楽ってステキ!」(Bunkamura オーチャードホール)では、ステージの上にオーケストラもいて、同じ目線で演奏とバレエを一緒に見て楽しむことができた。

このコンサートのすばらしいところは、というかお得なところは、本物の指揮者やオーケストラに加えてバレエダンサーを生演奏で見ることができることだ。「お得」というのはクラッシックの名曲やバレエの名場面について指揮者の青島広志さんの解説をたっぷり聞きながら、リーズナブルな価格で楽しめたという意味も、ある。

そして、プログラムの後半で。この秋に熊川哲也氏が監督を務めるKバレエカンパニーによる「マダム・バタフライ」が上演されるが、それに先駆けてこの日のステージで演技の一部を見ることができた。なにしろ、世界初演とのことだ。プッチーニの名作オペラ『蝶々夫人』にヒントに創作したと聞くが、本番では悲劇のドラマをどう演出するのか、楽しみである。

つづくプログラムに、「みんなで「ボレロ」を演奏しよう!」というコーナーがあった。リコーダーやピアニカ、カスタネットなど、家にある楽器を持ち寄って、オーケストラと一緒に演奏してみようという試みである。そうか、小さな楽器を手にしている子供たちが会場に多かったのは。

「ボレロ」はスペインの伝統舞曲で、ラヴェルの舞踊のための管弦楽曲だ。バレエや最近ではフィギュアスケートでもよく使われている。「タン、タタタタタタ・・・」で始まる、テンポを極端に遅くとったあの曲だ。スネア(打楽器)がずっと同じリズムを刻みつづけ、メロディは2つのパターンの繰り返し。これを聴衆たちは、青島さんの熱血指導で最後まで手拍子でリズムをとりつづけ、オーケストラに加わった気分にさせられた。

それにしても、コンサートは聴いたり見たりするだけでなく、身体を使うとこんなにも楽しいものかと、改めて思った。


# by hasiru123 | 2019-08-05 20:17 | 芸術

新聞記者

通常の官房長官記者会見では、記者の質問は1人が2~3問で10分程度だそうだ。一昨年の6月に行われた菅内閣官房長官定例会見は忘れられない。東京新聞の望月衣塑子記者が、加計学園問題の関連で杉田官房副長官がなぜ前川元文科省次官の行動を調査しているかについて執拗に質問を繰り返したときのことである。

菅官房長官は「本人(杉田官房副長官)が否定しているのだから、その通りじゃないですか」とか「仮定の話に答えることは控えたいと思います」などと答えをはぐらかし、木で鼻をくくるような言い方て話の本筋を避ける。さらに、事務方からは「同趣旨の質問はお控えください」「質問はあと一つで」などとストップの合図が入る。 

その後の菅官房長官の会見に「主観と憶測に基づいた質問はやめていただきたい」というのがあった。よく考えてみるとおかしな言い方だと思う。「客観と事実に基づいた質問しかしてはいけない」と言っているのと同じことになるからだ。記者が質問するときというのはこんなときではないだろうか。「主観と憶測」でしか状況を把握できていないけれど、疑問が残る。なんとなくおかしい。そんな思いを抱いているからこそ長官に聞くのである。

これらの経緯は当事者である望月衣塑子氏の書いた『新聞記者』(角川新書)を読むとよくわかる。当時は社会部記者として平日は首相官邸に出向き、何に対してでも「問題ない」を連発する菅官房長官の定例会見に対峙する日々を送っていた。千葉支局時代に鑑識課のベテラン警部に言われた「俺が話すかどうかは、どの社とかじゃない、その記者がどれだけ事件への情熱を持って本気で考えているかどうかだ」という言葉を支えに、胸に沸き起こる思いをを取材相手にぶつけてきた人だ。

先ごろ、同書が映画化されたので、早速見てきた。東都新聞記者の吉岡のところへ1通のFAXが届く。大学新設計画に関する情報が匿名で。政権が必死に隠そうとする権力中枢の闇に迫る女性記者と、理想に燃えた若手エリート官僚。それぞれが葛藤する中でどう対峙し、自分の正義を貫こうとするのか。国家権力と報道の在り方を問う社会派ドラマである。

正義感一色になっていなかったのがよかった。また、セリフの中に余計な説明がないことも好感が持てた。ストーリーのテンポが速く、場面が小刻みに変わる。見始めてしばらくはついていけなかったが、ドラマが進んでジグソーパズルのピースが埋まってくると、思わずのめりこんでしまう。そんな面白さがあった。真面目で、真摯な監督の思いが伝わってくる良心作だ。ぜひご覧ください。


# by hasiru123 | 2019-08-02 19:20 | その他

三島由紀夫のスポーツ観

三島由紀夫スポーツ論集 (岩波文庫)

佐藤 秀明(編集)/岩波書店

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学生時代に、毎日新聞の日曜版に五木寛之の書いた「ゴキブリの歌」という連載エッセイがあった。村上豊が描いたかわいい子供や動物、風景などのの挿絵があって毎週楽しみに読んだ記憶がある。

ある日の文章の中で、よく言われる<健康な肉体に健康な精神が宿る>というのは<健康な肉体に健康な精神が宿らない>の誤りである、という趣旨のことが書かれていた。それ以降、私は<健康な精神を獲得するには必ずしも健康な肉体にこだわる必要はない>と思い込むようになった。これは私の記憶違いで、後になって文庫で読み返してみたら、「健康な肉体に健康な心を宿らしめよ」と考えられ、「健康な肉体に健康な精神をかねそなえることの至難さを、個人が嘆じた言葉のようにも受けとられる」と書いてあることに気がついた。

先ごろ、岩波文庫から出された『三島由紀夫スポーツ論集』を読んでいたら、これらの文脈とは異なる記述を見つけた。その中で、ボデービルに打ち込むうちに指導を受けたコーチの言う<生活の中に体育を>というスローガンを信じるようになったが、よく考えてみると「芸術家としてはむしろ、芸術の制作に必須な不健全な精神を強く深く保持するために、健全な肉体がいるのではないだろうか」と疑問符をつけるようになった、とある。三島はその後、肉体的自信をつけて「舌なめずりするようにスポーツの世界へ飛び込もうとし」、中でも激しいスポーツとされるボクシングに取り組むことになる。

『三島由紀夫スポーツ論集』は4つの単元に分かれている。Ⅰでは開会式に始まる東京五輪に関する取材記事が集められ、スポーツライターとしても一流の書き手であったことを知ることができる。Ⅱでは、ボデービルに始まって剣道、空手など広くスポーツについての所感でまとめられている。Ⅲでは、ボクシングについて書かれていて、トレーニングこそ長くは続かなかったが頻繁にジムへ通い、熱心な観戦者であったことがうかがえる。

Ⅳは、「太陽と鉄」という三島の思想を告白する批評文で、相当に観念的な記述が多く見られ、文学の素人にはなかなか分かりにくかった。そこに書かれていたのは、私たちが日ごろ行うスポーツは「健康」が主な目的であることが多いのに対して三島の目的は「死」であると、おぼろげながら読み取ることができた。その他のエッセイと違って、ここには三島のスポーツに対する視点(文学についてはもちろんのことだが)が詰まっていて、繰り返しの読み直しが必要であるという思いを強くした。

Ⅱの中に「円谷二尉の自刃」という一文がある。これを書いたのは円谷幸吉が自殺を遂げた4日後のことだが、その当時の一般の評価と、またその後の関係者や書き手たちの見解とは大きく異なるものだった。

「美しい見事な死」「傷つきやすい、美しい自尊心による自殺」「責任感、名誉を重んずる軍人の自尊心である」などと称えているくだりがある。また、「職業柄いくらでも手に入る拳銃を避け、女々しい毒薬を避けて、剃刀で華々しく血潮を散らして死んだ」ともあった。

歴史小説「クオ・ヴァディス」の描写に感銘を受けた三島は、この評価に酷似した記述を小説『仮面の告白』の中でこう書きつけている。中学4年に貧血症にかかったときに触れて、「拷問道具と絞首台は、血を見ないゆえに敬遠された。ピストルや鉄砲のような火薬を使って凶器は好もしくなかった。なるたけ原始的な野蛮なもの、矢、短刀、槍などが選ばれた。・・・すると私の生命の歓喜が、奥深いところから燃え上がり、はては叫びをあげ、この叫びに応えるのだった」(新潮文庫)。これは小説であるから、そのまま三島の体験ととるのは誤りである。しかし、三島にそう書かせたものと「円谷二尉の自刃」は無関係ではあるまい。

同文の最後は、「地上の人間が何をほざこうが、円谷選手は、「青空と雲」だけに属しているのである」と結んでいる。仮構の世界と現実を取り違えたとしか思えない。


# by hasiru123 | 2019-07-15 19:57 |

日本陸上競技選手権の主な決勝種目はテレビ中継されたが、残念ながら電波に乗らなかった種目も少なからずあった。その一つ、男子3000mSCについて書いてみたい。

予選が1日目に行われ、決勝が中1日おいた3日目だった。予選では、2組に出場した塩尻和也(富士通)がドーハ世界陸上の参加標準記録を突破する8分27秒25をマークし、全体1位で決勝進出を果たした。終盤は独走態勢になった中での記録達成は、見事である。これで、決勝で優勝すれば世界陸上の派遣選手として即内定というところまでこぎつけた。

塩尻は3年前の大学2年のときに8分31秒89をマークして、男子の長距離陣ではただ一人リオ五輪に出場している。また、5000mからハーフマラソンまでをこなすマルチランナーでもある。そんな塩尻に期待が集まっていた。

ところがである。決勝で思いもかけぬアクシデントに見舞われ、8位に終わった。

日本陸連のウエブサイトで公開されていた動画を見ると、後半は優勝した阪口竜平(東海大)との一騎打ちとなり、残り500mあたりから塩尻が前へ出た。徐々に塩尻が阪口を離しにかかるのかと思いきや、最後の1周で第2コーナー先にある障害に左脚をひっかけたらしく、その後大きくペースが落ちた。次の障害では、越えたあとに転倒した。

阪口は塩尻を引き離した後、そのままゴールイン!。初優勝を飾った。8分29秒85の自己新記録だった。しかし、世界陸上の標準記録までは0.85秒及ばなかった。塩尻にこのようなアクシデントがなくそのままゴールまで競り合っていったならと、惜しまれるレースだった。

塩尻が所属している富士通のウエブサイトには、彼のこんなコメントが掲載されていた。

「(最後の一周で障害物に脚をとられた時の状況は?)最初、障害物に脚をかけた時は左膝を擦ったような感じで、自分でもぶつかったのかわからないぐらいでした。そんなに痛みや動かしにくさが出たわけではなかったので、そのまま最後まで走っていきました。ラストの方でふらついたのは、障害物でミスしたときの反動から来たものなので、特に大きな怪我があるわけではありません」

後に引きずるようなケガではなかったのが何よりだ。今日(7月1日)、トラック&フィールド種目の10名の代表選手が発表された。このほか、参加標準記録を突破しながら内定に至らなかった選手が15名ほどいて、さらに今後開催される国内外の大会で突破者が増えるだろう。男子3000mSCからも、複数の選手が選考されることを願う。


# by hasiru123 | 2019-07-01 17:35 | 話題

6月27日(木)から4日間にわたって日本陸上競技選手権が開催される。今回は、ドーハ世界選手権の代表選考会を兼ねている。日本陸連のウエブサイトで公開されているエントリーリストを見ながら、大会を占ってみたい。

今大会の大きな変更点は、これまでの3日間から1日延びたことと、男女10000mが別開催(5月19日)となって、すでに終了していることである。したがって、長距離選手にとっては1500mと5000m、1500mと3000mSC、5000mと3000mSCとの重複出場がやりやすくなった。また、10000mへ出場した選手がこれらの種目にエントリーすることも可能である。

このところ男子短距離が脚光を浴びているが、世界のレベルに近づきつつある競技はそれだけではない。今年の日本選手権では、男子走幅跳と男子110mH、女子やり投げに注目している。

男子走幅跳は、高いレベルでの争いになりそうである。日本選手権2連覇中の橋岡優輝(日大)が4月のアジア選手権で8m22で優勝している。また、津波響樹(東洋大)は追い風参考ではあるが今シーズン8mを6回超えている。この他にも8mを突破している選手が2人いて、加えて7m90台の選手が4名いる。中でも特に楽しみなのが、今季110Hで13秒55のU20日本最高記録を出した泉谷駿介(順天堂大)だ。5月のGGP大阪では追い風参考ながら日本記録(13秒36)を超える13秒26というすばらしい記録で優勝している。また、関東インカレでは三段跳びでも16m台を跳んで優勝し、オールラウンドな力を備えた選手である。日本選手権では走幅跳と110Hにエントリーしているが、決勝が同日となるためどちらかに絞る可能性がある。

その男子110mH。金井大旺(ミズノ)は前回13秒36の日本新で優勝している。そのときに2位に入った高山峻野(ゼンリン)は今季13秒36の日本タイを出して好調だ。この二人はすでに世界選手権標準記録を突破している。先に書いた泉谷を含めた3人の優勝争いとなりそうだが、記録への期待も高まる。

女子やり投げは、日本記録保持者の北口榛花(日大)が出場する。今季64m36を投げたことにより、ドーハ世界選手権と東京五輪の参加標準記録を突破した。一昨年に引退した海老原有希(スズキ浜松AC)の後に続く選手が待たれていたが、北口の成長により女子やり投げが面白くなった。他にも60m超えが見えてきた選手が数名いるので、高いレベルでのしのぎ合いが期待できそうである。 


# by hasiru123 | 2019-06-25 18:41 | 話題

帰ってきたパワーアンプ

久しぶりに、グレン・グールドが演奏するバッハの「ゴールドベルク変奏曲」に耳を傾けている。三十余年つきあってきたパワーアンプの修理が終わり、戻ってきたのだ。ここまでくるのに紆余曲折があり、道のりは長く感じられた。

数年前から右のスピーカーから出る音が小さくなったため、A社製のプリアンプの音量つまみで急激に音を上げ下げするなどして、だましながら使ってきた。それが、昨年秋ごろからとうとう音を出さなくなったのである。音量に関する障害なので、まずプリアンプの出力部分を疑い、A社へ修理を依頼した。調査の結果、部品の経年劣化が見られたが、出力関連個所から問題は発見されなかった。一部の部品交換と清掃を行い、戻ってきた。

それでも右スピーカーから音が出ない現象は変わらなかったので、つぎに疑ったのはB社製のパワーアンプの出力系統だった。こんどは近隣の家電量販店経由でB社へ修理に出したところ、右側の電源ヒューズ2本が壊れていることが分かり、交換してもらった。それ以外の大きな問題はなかったが、経年劣化が見られたためいくつかの部品も換えてもらった。

早速、戻ってきたパワーアンプでスピーカーを鳴らしてみると、こんどは左のスピーカーから音が出なくなっている。もしかすると、右側から音が出なかったのは自分がアンプの左右のコードを間違えて接続していたからかもしれない。右からは左の信号が、左からは右の信号が流れるようになっていた可能性はないことはない。であったとしても、やはりパワーアンプは直っていなかったのではないだろうか。

家電量販店へ事情を伝え、パワーアンプの左右の出力部分と接続コードについてテストをしてもらったのだが、異常は見られなかった。「修理したプリアンプの方に問題がありそうです」との回答だった。プリアンプのA社は当該の家電量販店では取引がないメーカーであったため、もう一度A社へ直送して検査してもらうしかない。

アンプはそれぞれ30キロくらいの重量があるため、自分で梱包して直発送するのはなかなか大変な作業である。そのため、すぐに修理に出さずに、ときどき通電してみるなどして様子を見ていた。

後日、オーディオファンの友人に相談したところ「使っていない真空管のパワーアンプがあるので、それで試してはどうか」と提案があった。借りたアンプは125Wの製品だったので、出力変換器を経由して通電してみた。そしたら、どうだろう。左右のスピーカーから歯切れのいい音を出していた。そこで、問題があるのはプリアンプではなくパワーアンプにあることが判明した。

パワーアンプの再修理で、「左側の電源ヒューズが壊れているので交換した」と連絡があった。ということは、1回目の修理では異常が見られなかった左側のヒューズが、B社から返送されて自宅で確認するまでの間に何らかの原因で壊れたことになる。配送時の衝撃などで起こる可能性はゼロではないが、何か釈然としないものがあった。

しかし、頭を冷やしてよく考えてみよう。すでに製造中止となったいくつかの部品を他の製品で代替したし、しっかりメンテナンスもされている。30年を過ぎた機器が再生され、グールドらしい、流れるようなピアノの音を鳴らしてくれているのだ。十分に解決が図られたと感謝しなければいけないのではないか。そう思うと、もやもやした気分が吹っ切れた。

   * * *

それにしても、友人から借りた真空管のアンプは、やわらかくて暖かみのある、こまやかな音を出していたなあ--。


# by hasiru123 | 2019-06-17 17:09 | その他

梅雨が来ると思いだす ♫ -- 。

それはプロ野球の「セ・パ交流戦」だ。6月4日から始まった。

これまでのセ・リーグとパ・リーグの年度別の対戦成績は、13勝1敗とパ・リーグが圧勝している。今年もパに勢いがありそうな気配だが、セが意地を見せることができるだろうか。そしてパの各チームと対戦する中で、広島はセの首位をキープすることができるかどうかが気にかかる。

先ごろ、西武―広島戦を西武球場(正式にはメットライフドーム)で観戦した。第2戦だった。センターから左半分(レフトから3塁にかけて)はホームチームの西武ファンが占め、右半分はカープファンで埋まった。慣れないせいか、ホームチームの西武ファンがレフト側を陣取るのは不思議な感じがした。ホームチームが3塁側ベンチ、ビジターチームが1塁側ベンチと入れ替わったためらしいが、珍しい試みだ。よって、私は一塁側の内野席上段から観戦することにした。

西武球場でも多くのカープファンが詰めかけた。今や神宮球場や横浜スタジアムでも多くのカープファンが見られるが、埼玉県地方にもこんなにいるんだなあと、ちょっとびっくり、そして感激。

他の球団と大きく異なるのは、女性の姿が目立つことだ。子どもはもちろんのこと、若年世代から中高年まで、年代層は幅広い。家族やグループで応援に来る人もいれば、一人で観戦する人も結構いる。応援スタイルも手馴れている。

カープファンがビジターの地域で増えたのはなぜだろうか。広島球団が女性の顧客獲得のために特段のマーケティング活動を展開したとは思えないし、その形跡はない(と言っては失礼!)。私の勝手な想像かもしれないが、つぎの3つを要因に挙げたい。

一つは、経営的に弱小の球団であることだ。広島はマツダが筆頭株主ではあるが、経営権を積極的に強めようとはしていない。そういう意味で、他の球団と経営スタイルが異なっていて、一般に「市民球団」と言われるゆえんである。

広島は今季クリーンアップを担っていた丸佳浩をフリーエイジェント制で流出するなど多くのトップ選手が出ていった。広島がこれまでにこの制度で獲得した選手はいない。弱小球団の宿命と言えばそれまでだが、哀しい現実である。にもかかわらず、2013年にAクラス入りすると、徐々に力を発揮し、3年連続でリーグ優勝するまでに成長した。

二つ目は、自前で選手を育て、どの球団よりも厳しい練習を行っていると聞く。若い、力のある選手が熾烈な競争を重ねる中で、多くのスキルのある選手を生み出していることだ。こうした環境から自前の選手が育っていることも、カープ女子の親和性を後押ししているかもしれない。

そして、三つ目。カープを愛している選手が多いということだ。ヤンキースから戻ってきた黒田博樹を始め、阪神タイガースから復帰した新井貴浩など、こうした主力選手たちに愛されたチームを嫌とはいえない?

カープファンが増えたことと以上挙げた3つの要因はどちらが後先というものではなく、ちょうど車の両輪のような関係にあると思う。脆弱な経営力を選手の成長のチャンスに変えたともいえるだろう。

   * * *

ところで、観戦した日の試合の経過はどうだったかというと、広島の打線が爆発し、連敗を2で止めた。

広島は3回、西武の先発投手十亀剣から1点をもぎ取った。田中広輔がレフトへの二塁打で出塁すると、安部友裕の一塁ゴロで三塁へ進み、野間峻洋の二塁ゴロの間に田中が生還した。西武は4回に外崎修汰が同点の10号ソロホームランを放ち、試合は1-1のまま終盤へ。

ラッキーセブン。カープファンが一斉にジェット風船を飛ばした直後。田中のタイムリーヒットなどで3点を勝ち越した。さらに、8回バティスタのソロホームラン、田中の満塁ホームランが飛び出して、圧勝した。

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広島の先発投手大瀬良大地は今季6勝目、十亀が初黒星となった。この日の広島の殊勲選手はたくさんいると思うが、1人に絞るとすると私は西川龍馬を推したい。7回、連続ヒット記録がかかる西川のバントからチャンスが広がり、一気に3点をもぎ取ることになったからだ。

先頭打者の鈴木誠也がレフト前ヒットで出塁すると、26試合連続安打中の西川が打席に入った。初球を一塁線に転がすバントは見事だった。得点圏にランナーを進めると、連続四死球で満塁となり、田中のタイムリーヒットにつながった。個人記録よりもチームプレーに徹したバントで、勝ち越し点が生まれた。拍手を送りたいね。


# by hasiru123 | 2019-06-11 20:06 | その他

認知症は病気なんかではない。そう確信させられたのがこの物語だった。

原作(中島京子の同名小説『長いお別れ』)を読んでいたので、見ながらどうしても引き比べてしまうのは仕方がないことだろう。

小説は八つの短編からなっている。最終章の「QOL」(クオリティ・オブ・ライフ)の中で、次女・芙美(蒼井優)は父・東昇平(山崎努)が退院したらどういう生活になるかと質問する。医者は「お嬢さんが、がんばるしかありません」とにべもなく言う。こうとしか答えようのないのが、認知症家族の厳しい現実なのだ。

しかし、10年間にわたる父と家族との交流を伝えるエピソードで明るく、そして暖かいものに仕上げた。認知症を「家族」という視点からのぞくと、こうも見えるものなのかと教えられた。さらに、映画では中野量太監督の独自の持ち味で彩りを添えて、二つの作品が素晴らしい協奏曲になっている。

たとえば、2011年では東日本大震災や2013年では東京五輪開催決定に関する一コマ、次女が作る自動車販売でのカレーライスなどが小説にはなかったエピソードが埋め込まれている。

また、妻・曜子(松原智恵子)が勧めてもデイサービスに行こうとしない頑固さや元校長らしい振る舞いが影を潜めたように思える。また、家族構成も少し変えている。

しかし、父が見知らぬ子供たちと回転木馬に乗るシーンで始まり、海外に住む孫が現地の中学校の校長先生に祖父の死を伝えるシーンで綴じられるのは、小説と一緒だ。校長先生は孫に認知症という病気は、少しずつ記憶を失くしてゆっくりと遠ざかって行くから「長いお別れ(ロンググッドバイ」と呼ぶのだと説明する。

周りの人たちも含めて、これから認知症とどう向き合っていくのか、長い旅が始まった。


# by hasiru123 | 2019-06-04 18:21 | その他

今回の大相撲夏場所は、横綱白鵬が休場し、期待の新大関貴景勝が故障で途中休場となった。一人横綱鶴竜の優勝で決まりかと思いきや、波乱あり、栃ノ心の大関返り咲きあり、平幕朝乃山の初優勝ありで、大いに楽しめた場所だった。

さらに、千秋楽にはトランプ米国大統領が観戦するというおまけつきだった。国賓は本来なら貴賓席の座るところを、警備上リスクの高い升席をあえて陣取ったことも異例なことだった。伝統を頑なに守る相撲協会が「伝統破壊」を許すのが不思議だった、と書くスポーツ紙があった。同感である。

私が違和感を抱いたのは、優勝した朝乃山に米国大統領杯を授与したあとに表彰状を授与する場面だった。トランプ大統領は英語で読み上げた後、右手で差し出したのだ。もちろん、朝乃山は恭しく両手で受け取った。もしかすると米国には表彰状を授与する慣習がないのかもしれないが、少しヘンだった。

何がヘンだったのかというと、左手に持って賞状を読み上げ、右手に持ち替えて手渡すしぐさが、である。

国賓がわざわざ会場に出向いて祝意を表してくださるなんて、光栄なことである。だからこそ、表彰式をだたのショーにしないために、力士へのリスペクトの気持ちが伝えられるよう、周囲がもう少し配慮してもよかったのではなかったかと悔やまれるのだ。

私が表彰式にこだわったのは、もしかするとこの日三芳野神社の竣工式で、修理工事委員長の宮司からこれまでご苦労いただいた工事関係者などへ感謝状が手渡されたことが印象に残っていたからかもしれない。

これは私のひとりごとなので、トランプさんには言わなかったことにしてほしい。


# by hasiru123 | 2019-06-02 19:24

さる4月25日に、川越市内にある埼玉県指定文化財三芳野神社で恒例の例大祭が開かれた。3年半かけて行ってきた塗装工事が竣工したことから、同日に竣工祭を兼ねて行い、併せて近隣の氏子を対象に社殿の見学会を実施した。

天井部(注1)以外は朱塗りや黒塗り重ね塗りし、蟇股も彩色し直した。氏子の皆さんたちは、竣工したばかりの鮮やかな色彩に見入っていた。今回は氏子総代が説明にあたったが、今後予定される一般市民向けの見学会(注2)では、修理工事の設計監理を担当した文化財工学研究所のスタッフに専門的な解説をお願いしている。

なお、この日は新聞社や地元テレビなどの取材を受けた。また、5月14日の東京新聞では、社殿の外部と内部について、修理前と後とを比較したカラー写真付きで紹介している。同新聞社のウエブサイトでも見ることができるので、ご興味のある方は、ぜひご一読いただければ幸いである。

(注1)本殿と幣殿、拝殿の天井部は幸い保存状態が良好であったため、塗り直しは行わず、清掃のみにとどめた。
(注2)見学会の詳細は、「広報川越」5月25日号に掲載される予定。


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# by hasiru123 | 2019-05-20 16:52 | 話題

消費を考える

私が住んでいる地域を代表するある地方百貨店が、「2期連続で赤字を計上」と報道された。要因の一つに衣料品の販売が振るわなかったことを挙げていた。流行に敏感な若者世代が減りつつあることに加えて、衣料品の消費構造に大きな変化が起きているのだ。

地方百貨店の優等生といわれたこのデパートですらこのような状況だから、他の百貨店では推して知るべし、である。4月に出た月刊誌「国民生活」が「変わる消費生活-所有から利用へ-」という特集を組んでいて、これらのことを裏付けるデータが紹介されていた。

総務省の「家計調査」の二人以上世帯の消費支出で、1990年を100としたときに「住居費などを除く総合」は2017年で91.9なのに対して「被服及び履物」は49.5へと半減し、「交通・通信」は161.9へと大幅に増加している。

また、小売業の業態別売上高を見ると、この四半世紀の間にコンビニエンスストアやドラッグストアなどが伸び、さらに最近はインターネット通販やEコマース、フリマアプリなどの電子商取引が大きく成長した。

「シェア経済で加速、<所有>から<利用>へ」とこの記事は結んでいた。四半世紀で、消費者がお金をかける対象が大きく変わるとともに、買い物をする場所が変わったのである。そして、モノの「所有」から「利用」へという流れが加速されている。

じつは、この記事を読んで気づかされたことが一つある。私はランナーとして、長年にわたってシューズやウエアなどのランニングギアを消費してきた。シューズは脚の安全を考えて600キロを超えると、スポーツショップへ出向いて買い替えている。また、大会へ出ると参加賞としてTシャツが配られることが多く、我が家のタンスにはたくさんの新品のTシャツが眠っている。しかし、それにもかかわらず、気が向くと新しく購入してきた。いまやそのライフスタイルを変えないといけないのではないか、ということである。

ランニングシューズとしての使命を終えた後でもすぐに処分するわけではなく、しばらくはカジュアルシューズとして履くようにしている。それでも、カジュアルシューズとして使っているうちに次々と耐用期間を過ぎたシューズが靴箱を占有していく。

使い切れないシューズやTシャツをこのままにしていいわけがない。まだ使えるシューズは、元マラソンランナーの高橋尚子さんが取り組んでいる「スマイルアフリカプロジェクト」などに寄贈して、環境と途上国の問題に貢献するのも一つの解決方法だろう。また、先に書いたEコマース、フリマアプリなどを利用して中古市場へ出していくことも考えられる。いま進んでいる新しい消費の流れには、私たちが抱える暮らしのヒントが潜んでいる。


# by hasiru123 | 2019-05-15 21:10 | その他

平成から令和へ

あと数時間で平成が往き、令和の時代が来る。

元号を止(や)めて、西暦に統一した方がいいのではないかという意見をよく耳にする。私も一時その考え方に一票を投じていた人間である。たしかに、一覧性という使いやすさやグローバルという国際標準的な視点からすれば西暦のメリットは大いにある。しかし、それだけで西暦に一本化すべしという論はあまりに性急で、歴史を顧みない心得違いであると、最近考えるようになった。両者の折り合いをつけようとするなら、元号と西暦を併記すればいいだけの話だからである。

西暦では素通りしてしまう時代のカタチが、元号で画することによって見えてくるものも少なからずある、と思う。例えば、昭和の時代には自分が歌える歌がたくさんあったような気がするが、平成に入ってからとんと減ってしまった。これは、単に自分がトレンドについていけなくなったからとは言いきれない何かがある。昭和には、あの年この歌、時代が刻んだ名曲がたくさんあったのだ。

陸上競技にとっては、この30年とはどんな時代だったのだろうか。また、長距離・駅伝にとっては--。さらに、マラソンはどうだったのだろうか。平成を総括する話題がかまびすしいなかで、陸上競技団体のウエブサイトや、陸上専門雑誌などでは平成の時代を考えるという取り組みはほとんど見られなかった。

喪が明けた平成2年、すなわち1990年はどんな年だったかと振り返ってみる。箱根駅伝では大東文化大が14年ぶりに3度目の総合優勝を飾り、中央大学が往路優勝している。この年にシード校に入った10チームの中で今年の駅伝で10位以内に入ったのは3校しかなく、30年で大きく駅伝の勢力地図が塗り変わった。

また、マラソンでは91年の東京世界陸上と92年のバルセロナ五輪で男女ともに2位と4位に入り、女子は2004年のアテネ五輪まで4大会連続でメダルに輝いている。その後、マラソンでは東アフリカ勢が力をつけてきて、これも勢力地図が大きく変化した。駅伝とマラソンというスポーツ世界の一部を切り取っただけでも、平成という時代がどんなカタチをしていたかがおぼろげに浮かんでくるのだ。

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(写真)早朝の代々木公園で


# by hasiru123 | 2019-04-30 21:18 | マラソン

桜撮り4

花ぐはし桜の愛(め)で同愛(ことめ)でば早くは愛(め)でずわが愛(め)づる子ら
     允恭天皇『日本書紀』

今年の桜は長く咲いてくれて、見る者を飽きさせることがなかった。毎朝のように近くの公園などを歩いてきた。以下は、新河岸川の土手からファインダーを覗いたものである。


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# by hasiru123 | 2019-04-19 05:45 | その他

桜撮り3

ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも  
    上田三四二『涌井』

昨年秋に、染井吉野が季節外れの時期に咲いたという記事を目にした。このように普通とは違う時に花が咲くのを専門用語で「不時開花」というそうだ(NHK総合で4月9日に放映『視点・論点』で)。

不時開花が今年のお花見に影響するのではないかと心配されていたが、見た目にはその影響はなかったようである。来年の春にも、咲き誇ってほしい桜である。

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     散り始めた初雁公園の桜 
              

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     博物館前の桜


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本丸御殿前の桜

# by hasiru123 | 2019-04-17 21:46 | その他

桜撮り2

この花の一節(ひとよ)のうちに百草(ももくさ)の言(こと)ぞ隠(こも)れるおほろかにすな          藤原広嗣『万葉集』巻八

今年の桜は、開花から散り際までが長かった。3週間以上たった今でもまだ見ることができる。多くの人に詠まれてきた歌を想いつつ、シャッターを切ってみた。以下の3枚は、4月4日早朝の水上公園(埼玉県川越市)のものである。

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# by hasiru123 | 2019-04-15 19:40 | その他