ブログトップ

夢のマラソン

カテゴリ:マラソン( 94 )

タフな心は折れないこと

福岡国際マラソンを始めとする4つの主要男子マラソンが終わった。東京マラソンで藤原正和(HONDA)が優勝した。びわ湖毎日マラソンでは佐藤智之(旭化成)が2位に入り、初マラソンの若手も好記録で上位に入った。

不振続きの男子マラソンに、光明が見えてきた。風向きが変わり始めた。久しぶりに、そんな気分にさせられる両大会だった。そのことにつては、折に触れて書いてきた。

毎日新聞に「金曜カフェ」というスポーツコラムがある。毎月1回書いている金哲彦さんは、3月26日に男子マラソンの今シーズンについて、次のように総括していた。

「やればできる」という自信=心の支えが、選手たちの心に宿った。タフな心をどう養うかが、男子マラソン復活の鍵になる。それは、自分を律する心の強さだ。
                                     
「タフな心」とは、トレーニングで”故障と紙一重”といわれるくらい身体をいじめ抜き、練習量が落ちる調整段階でも、体重コントロールなど実行できる強じんな精神力を言う。

ところが、タフな心にはウィークポイントがある。それは、何事にも屈しない強い心は、時にぽっきり折れることがあるからだ。五木寛之さんは「屈しない心は折れる。よく萎えいる心は折れない」と自著『養生の実技』の中で書いている。屈すること、曲がること、しなうことが、折れずに生き続ける道なのではないかと問いかける。

具体例をあげてみたい。Aさんは、サブスリーを目標に日々走りこみを続けてきたとしよう。本番で、30キロまでは快調なペースを刻んできたが、以降徐々にペースが落ちて、、とうとう貯金を使い果たしてしまった。疲労困憊の中で、サブスリーの可能性はなくなった。すると、これまでは少しでもペースの落ちこみを食い止めようと頑張ってきた気持がぷっつりと切れたかのように、足が止まった。

目標に向かう気持が強いほど、その実現性がなくなったときのリバウンドは大きい。いわゆる目標喪失で、気持が折れたということだ。

折れないうちに、屈する、曲がる、しなうことができたなら、終盤の展開はかなり異なると思う。この場合には、第2、第3の目標に切り替えるなどして、気持を入れ替えることがそれにあたる。サブスリーは達成できなくても、3時間数分で走れたかもしれない。

「屈する」ことは、ある意味では自分の心をごまかすことであり、裏切ることでもある。そのことにコンプレックスを感じないだけの図太い神経がないとできないことこもしれない。金メダルがだめなら、銀があるではないかと切り替えることを意味する。

トップアスリートには難しいことだが、市民ランナーならきっとやれる。「タフな心」とは試合を投げない「図太い神経」にほかならない。傷口を最小に抑えて、リベンジを誓うには、それが近道である。そういう心のトレーニングは、マラソンだけでなく、生きる上でも役に立つ。
[PR]
by hasiru123 | 2010-03-29 07:20 | マラソン

先頃、男子マラソンの強化策として、日本陸連が若手の長距離選手を集めた2度の海外合宿を3月に行うことが報じられていた。ニュージーランド合宿に、箱根駅伝で活躍した柏原竜二(東洋大)らの有望大学生5人を含む7名を派遣するという。また、2度目の合宿には若手の実業団選手が参加する。

1980年代後半から90年代前半にかけて、陸連がマラソンのナショナルチームを編成して合宿を行ったことがある。当時は日本が世界のトップをリードしていて、第一線で活躍する選手たちのDNAを活かして、次世代を担う若手選手を育てようと企画したものだったと記憶している。多くの若い選手たちがマラソンに目を向けていた時代の話だ。

若手選手の強化という点では共通するが、過去のナショナルチームと今回の海外合宿とでは視点がかなり異なる。今回は強化するというよりも、マラソンの逸材を発掘することと、マラソンに取り組む選手の層を拡げることに狙いがあるように思う。日本陸連の坂口泰・男子マラソン部長は、「2時間8分台を目指せる選手は多いが、6分台を狙える逸材は限られる。箱根駅伝がすべてではなく、もっと高い意識で世界を見てもらいたい」とその趣旨を説明している(中国新聞)。

ナショナルチームが続かなかった理由の一つに、選手の指導は日頃からよく知っている所属チームの指導者の手で育てるのが一番、ということがあった。五輪の合宿でも、代表選手はそれぞれの監督の本で独自のメニューを組んで臨んでいる。一方では、所属チームを離れて、競合するチームのライバルたちと一緒に練習することは、一段高いレベルの力を修得するために、そして意識を高めるためにもいい機会である。

それぞれ長所と短所があり、どちらがいいかという問題ではない。うまく組み合わせることによって、最適の解を出すにはどうしたらよいか。そのきっかけとして、今回の取り組みがあると考えれば、自ずと道は開けてくるのではないか。私はそんなふうに楽観的に考えている。

そうした折、今日びわ湖毎日マラソンが開かれた。ライブで見ることはできなかったが、収穫はあったようだ。初マラソンの北岡と米田尚人(コニカミノルタ)が、それぞれ4位、5位に入り、これからのマラソンに明るい未来を予感させるものがあった。あいにくの冷たい雨の中でのレースとなったが、よく健闘した。今年開かれるアジア大会以降の緒戦での成長に期待したい。
[PR]
by hasiru123 | 2010-03-08 01:33 | マラソン

しのぎを削る戦い

バンクーバー五輪の27日(日本時間28日)、スピードスケート女子団体追い抜き決勝が行われ、日本チームはドイツに敗れはしたものの、銀メダルを獲得した。そして、東京マラソンでは藤原正和(Honda)が2時間12分19秒で初優勝した。そのことを、今夜のニュースで知った。

どちらも、気持が晴れるような快挙である。女子団体追い抜き決勝は、終始日本がリードしていたが、終盤にドイツの追撃に遭い、最後は100分の2秒差で逆転されて金メダルに届かなかった。こんな激戦を演じた両チームに心からエールを送りたい。2日前に行われた女子フィギュアの金妍児と浅田真央の熾烈な戦いを再現するかのようなレースだった。

東京マラソンは今年で4回目を迎えるが、日本人選手が優勝したのは初めてである。また、国内の3大マラソン(福岡、東京、びわ湖)での優勝は5年ぶりのことだ。心から祝福したい。

藤原は、中大4年時に出場した03年3月のびわ湖毎日マラソンで、初マラソン日本最高記録の2時間8分12秒で走っている。しかし、その後ひざの故障などでなかなか2度目のマラソンに取り組めないでいた。回復を待ちながら、コツコツと練習を重ねてきた結果が今回ようやく実を結んだ。粘り強く、あきらめないで続けていくことが、ことマラソンに関しては大切である。地味ではあるが、それしかないのが競技というものであることを、あらためて知らされたレースであった。

昨夜からの氷雨で、午前中は5度までしか上がらなかった。ランナーにとってはつらい42.195キロだったと思う。完走した3万名強のランナーのみなさん、お疲れ様でした。

私も、来年こそ当選率9分の1という狭き門を勝ち抜いて、3万人の仲間入りを果たしたいと思っている。
[PR]
by hasiru123 | 2010-02-28 23:13 | マラソン

新人の登竜門

1978年の別府大分毎日マラソンでは、宋茂(旭化成)はスタートから積極的に先頭に立ち、当時としては驚異的といえる5キロ14分台のペースを刻んだ。40キロまで当時の世界最高記録(デレク・クレイトン:2時間8分34秒)のペースを上回ったが、後半の別府湾からの強風によりややペースダウン。世界記録の偉業は阻まれた。結果としては世界歴代2位の2時間09分05秒6で優勝し、日本人では初のサブテン(2時間10分以内)であった。このレースをきっかけに、それまで続いた日本マラソン界は低迷を脱し、宋兄弟を始め瀬古、中山、谷口といった世界をリードするマラソン選手を輩出した。

宋茂はこの2か月前の福岡国際マラソンで、54位と惨敗している。これまでも期待されながらなかなか結果を出せないでいたところにこの不振。2か月という短い調整期間でレースに臨んだことからも、この大会に賭ける意気込みかがえる。産みの苦しみを乗り越えての日本記録の誕生については、私の別大毎日マラソンの記憶として深く刻み込まれている。

さて、今年も新人の登竜門といわれる別大毎日マラソンに多くの新人選手が参加した。特に注目したのは、三津谷祐(トヨタ自動車九州)だ。2005年と2007年の世界選手権1万メートル代表で、日本歴代4位の記録を持つ屈指のスピードランナーだ。残念ながら、32キロ過ぎに失速し、9位に終わった。それでも、大崩れしないところに大器の片鱗をのぞかせていた。まずは、スタミナ不足の克服が課題だろう。

もう一人の注目株は、堺晃一(富士通)。元日の全日本実業団対抗駅伝で、エース区間の4区で区間2位に入って、その存在を知った。3回目のフルマラソンである。

そんな中で結果を出したのは、一般参加でマラソン初挑戦の井川重史(大塚製薬)だった。2時間11分4秒で日本勢最高の4位と健闘した。正直なところ、井川のことは直前の毎日新聞を読むまで知らなかった。終盤に何度か仕掛けて、最後まで優勝争いに参加したことは大いに評価したい。記録は別としても、仮に五輪や世界陸上の切符がかかった大会であったなら、当確をつけたいところだ。これらのフレッシュランナーの来シーズンの走りに期待したい。
[PR]
by hasiru123 | 2010-02-07 22:46 | マラソン

昨日の朝は、2週間ぶりにランニングを再開した。日の出は約10分早くなり、日差しも幾分明るさを増してきた。その分だけ、暖かくなったように感じられる。帰宅が遅く、なかなか早朝に走る時間を確保することができなかったためである。

この間の中断は、故障で走れなかった5年前以来のことだ。しばらく走らないでいると、再開するのにエネルギーがいる。場合によっては、走らないための理由をつけて、再開を先延ばししたくなることもある。これは、過去の中断の経験から知ったことだ。まずは、走りだせたことを喜びたい。

今日は、例年なら奥むさし駅伝(飯能市)を走っていたはずである。ところが、今年はわがWGMからの参加希望者が少なく、1チームを編成するのがやっとだった。この大会は、山あいの国道を利用した折り返しコースである。う回路が少ないことから、選手の移動や応援はもっぱら電車を利用することになる。これまでは、複数チーム(最低2チーム)で臨んできたので、中継所でのやり取りはスムーズに行えた。

補欠なしの1チーム編成となると、確実な中継は難しい。したがって、今回は無理をせず、出場を辞退することにした。多くのレースが目白押しで、体調管理が難しいこの時期の駅伝参加は選手にとって大変ではあるが、これまでは各メンバーの協力と調整で継続させてきた。それだけに、残念である。来年の参加に期待したい。

奥むさし駅伝に出場しなかったことから、久しぶりに大阪国際女子マラソンをライブ(といってもテレビ中継)で見ることができた。マラソン4度目のアマネ・ゴベナ(エチオピア)が、昨夏のベルリン世界選手権6位のマリサ・バロス(ポルトガル)を振り切り、2時間25分14秒で初優勝した。小崎まり(ノーリツ)が2時間26分27秒で日本人最高の3位に入った。

期待の赤羽有紀子(ホクレン)は、前半で快調に先頭集団を引っ張ったが、26キロ過ぎの大阪城公園内の下りで失速し、38キロ付近で途中棄権した。大会直前に痛めた左ひざ裏に痛みが出た模様だ。最初の5キロを17分5秒というハイペースで始まり、記録への期待を感じさせたが、無理があったかもしれない。

ペースダウンしてから棄権するまで、約12キロ走ったことになるが、棄権のしかたに疑問が残る。夫の赤羽周平コーチがなかなか、選手のもとに駆けつけることができなかったとしても、自分でいち早く判断して、もう少し早い時点で止めることはできなかったのだろうか。経験の少ない選手ならやむをえないが、赤羽は五輪にも出場した経験豊富な選手だ。

身体的な異常事態への対処は、コーチよりも選手本人が一番よく理解しているはずである。故障のダメージを少なくすることの方が、完走することより重要だ、という判断もあってよい。コーチによりかからず、状況に応じて自分で判断するというメンタルな面の成長に期待したい。
[PR]
by hasiru123 | 2010-01-31 23:58 | マラソン

日本が世界に追いつく日

9月13日にイチロー選手は「大リーグ初の9年連続200本安打」を達成した。15日の毎日新聞の15面(スポーツ欄)はイチローの記事で埋め尽くされていた。その隣の14面はイチローを起用しているNTT東日本の全面広告が踊っている。これほどコマーシャル効果の高いタイミングはそうないだろう。

これまでの大リーグは、ベーブ・ルースに代表される本塁打を中心としたパワーに注目が集まっていた。ところが最近、筋肉増強系の薬物疑惑でそのパワー野球が揺れている。そんな中で、パワーとは対極の技術によるイチローの安打に光が当てられるようになった。

イチローは誰よりも早く球場入りして、ストレッチをはじめ体調のセルフコントロールに努めたと聞く。とてつもない快挙のベースにあるものは高い自己管理能力だったと知ると、Fan Runが身上の市民ランナーとしても思わず背筋を伸ばしたくなる。

日本の男子マラソンのこれからを考えるとき、イチローの偉業は示唆に富む。世界のトップは2時間3分から4分台が目白押しで、名実ともにスピードの時代に突入している。1万メートルのスピードが26分台でないと太刀打ちできないといわれている。27分台後半がやっとという日本人選手は、世界の潮流から大きく後れをとっている。

しかし、マラソンは1万メートルの4倍強の距離がある。単純に1万メートルの記録から傾向線を引けない理由がそこにある。身体資源の限界や気象コンディション、心理上の問題、戦略、そして勝負勘など様々な要素が勝敗の行方を左右するからだ。これらは、経験から学ぶ「技術」といっていいだろう。過去に多くの優れたマラソンランナーを輩出した日本なら、十分に期待できる。

つまり、スピードはマラソンを走るための重要な土台ではあるが、それだけではないということだと。持てるスピードを生かすための諸条件をクリアして初めて、勝利につながる。また、スピードがやや劣っていたとしても、諸条件の歯車がうまくかみ合えば、好結果が期待できよう。もちろん、トラック競技をさらにメジャーなものに育て、中長距離に取り組む選手の層を厚くしていくことも大切だ。

日本のマラソンが、世界のスピードに追いつく可能性はけっして小さくない。「メジャーの歴史を追い、光を当てた」イチローの活躍に触発されて、こんなことを考えた。
[PR]
by hasiru123 | 2009-09-20 22:10 | マラソン

男子は、佐藤敦之が終盤追い上げて6位に食い込んだ。北京五輪では最下位の屈辱を味わったが、まずは入賞という目標を達成したことを喜びたい。女子は、尾崎好美が最後までトップ争いを繰り広げ、銀メダルを獲得した。また、加納由理が7位に入り、大会を盛り上げた。

二人の活躍で、日本の女子マラソンの層の厚さを示したことは間違いないが、手放しでは喜べない。というのは、参加選手中もっとも速い記録をもつ渋井陽子が左足甲の故障で出場を辞退し、赤羽有紀子は出場はしたもののやはり直前の故障で本来の力を発揮できなかったからだ。北京に続く故障の連鎖を引きずっているところが気にかかる。

さて、本大会の男女マラソンをテレビ観戦して思うところを書いてみたい。

ワンフレーズでまとめると、「スピード化の男子と実力接近の女子」といえそうだ。男子は、北京五輪と同様にハイペースで展開し、日本勢は15K過ぎに先頭集団から離れた。20Kではトップ集団がすでに7人に絞られている。以下に、5Kごとの先頭集団の人数を示した。これは、中継されたテレビの映像から私がカウントしたもので、前半の大集団は正確に人数を把握できていないが、傾向は見ることができる。

      <男子>  <女子>
5K   その他大勢 その他大勢
10K  その他大勢 その他大勢
15K  約15名  その他大勢
20K   7名   25名以上
25K   5名    24名
30K   4名   10~12名
35K   3名     3名
40K   1名     3名

一方、女子は25Kまでは25人前後の集団を形成し、30Kでも10人以上が残っていた。北京五輪とは展開がかなり異なっている。北京では、20キロ過ぎからトメスク(ルーマニア)が先頭集団を抜け出し、そのままゴールまで駆け抜けてしまった。30K前後まで大集団が続く展開は、国内外を問わず男子に多く見られた。ところが、北京五輪と世界陸上の国内代表選考レース、ベルリン世界陸上を見る限りでは、この傾向が反対になりつつあるように見える。男子は、前半から東アフリカ勢のスピードランナー同士のサバイバルとなり、女子は実力伯仲の中、中盤まで選手同士の牽制が続く。

女子はこれからますます選手層が厚くなり、どの国の選手がメダルをとってもおかしくない時代になったといえる。それに対して、男子は一時期世界記録の更新が途絶えたことがあったが、東アフリカ勢のトラックレースの伸長によって、一挙にマラソンの記録ラッシュに火をつけた。成熟期の女子に対して、開花期の男子といるのではないだろうか。これからも、日本の女子マラソンは世界をリードしていけそうだ、という期待感を抱かせる。しかし、男子は残念ながら、さらに世界の先頭集団から水をあけられそうなな気配である。
[PR]
by hasiru123 | 2009-08-30 21:59 | マラソン

「マラソンは孤独なスポーツである」と言われることが多い。はたしてそうだろうか。同じ道を同じ目的をもったランナーが走るのだから、走る仲間は皆友達だと思えば決して一人ではないと、マラソンを楽しむ立場から山地啓司さんはその著書『マラソンウォッチング』に書いている。

同書では、マラソンをより楽しく観戦するために、ランナーの集団の構造について多くページを割いている。「集団は、無秩序な競争的過程だけでなく、相互補足的な秩序ある集団である・・・無益な競争を避け共同することによって、合目的的に目標に到達する一手段」だとある。そして、プラス面だけではなく、マイナス面もあって、多くのランナーは集団内にいることのプラス・マイナスの両面を測りながらレースに臨んでいる。

3月1日のびわ湖毎日マラソンに続いて、今日(8日)は名古屋国際女子マラソンが行われた。いずれも、8月の世界選手権(ベルリン)代表選考会を兼ねていて、外国から招待選手が参加している。『マラソンウォッチング』を読んで、集団形成について男女間にどのような違いがあるのかに関心が及んだ。この二つのマラソンから読み取ってみたい。

それぞれのレースにおける5キロごとの集団規模の推移は以下のとおりである。数値は選手数で、カッコ内は国内選手数を示す。

     びわ湖毎日(男子) 名古屋国際(女子)
 5キロ   39(34)    17(13)
10キロ   33(28)     4 (2)
15キロ   25(20)     3 (2)
20キロ   24(19)     4 (2)
25キロ   12 (4)     4 (2)
30キロ    5 (1)     1 (1)
35キロ    5 (1)     1 (1)
40キロ    3 (0)     1 (1)

いずれも距離を刻むにしたがって集団が小さくなるのは同じだが、男子は25キロ地点まで10人以上で集団を形成しているのに対して、女子は5キロで17人いた集団が、10キロですでに4人に絞られている(15キロで3人が20キロで4人に増えたのは、一度集団から離れた藤永佳子(資生堂)が再び追いついたため)。30キロからは新谷仁美(豊田自動織機)がトップとなり、終盤で藤永が力尽きた新谷をかわしてトップに出た。

二つの大会を見る限り、男子の方が集団規模が大きく、終盤まで形成される。それに対して女子は、早い時期に集団が崩れ、少人数での競争またはトップ選手の一人旅となるというパターンだ。女子マラソンは、東京国際女子が初めて開催された30年前から、この傾向は変わらないように思える。女子マラソンの黎明期においては、選手層が薄く、選手間の走力の差があることからそのようなレース展開になるのはうなずけるが、女子のマラソン選手が増えて、力の差が接近してきた現在もこの傾向が続くのには、性差による何らかの変数の違いが起因しているのではないだろうか。

ただし、昨年の北京五輪では、男子が20キロまでにトップ集団が早くも5人のアフリカ勢に絞られ、以降少数でのサバイバルレースが展開され、37キロ手前でワンジル(ケニア)がスパートして金メダルを射止めた。女子は、20キロ過ぎからトメスク(ルーマニア)が先頭集団を抜け出し、そのままゴールまで駆け抜けてしまった。両方とも、集団による駆け引きといえるものはほとんど見ることができなかった。男子が女子の集団形成パターンに近くなったともいえる結果だった。

女子マラソンは30年を超える歴史を持ち、過去の記録の蓄積が豊富になった。男女間における集団形成の比較が、データに基づいて詳細に行える。さらに、映像情報も加えて分析してみてはどうだろうか。
[PR]
by hasiru123 | 2009-03-08 22:28 | マラソン

この数年は、国内の主要大会で日本人選手が優勝どころか優勝争いに絡むことがなかった。久しぶりに男子マラソンで、日本人選手が35キロ以降の勝負所まで持ちこたえた。今日行われたびわ湖毎日マラソンである。

30キロ過ぎからトップ争いはデルガト(ケニヤ)とリオス(スペイン)、アスメロン(エリトリア)、グタ(エチオピア)、そして清水将也(旭化成)の5人に絞られた。25キロ地点まではトップ集団に4名いた日本人選手は圏外に去った。

往路は北西の向かい風が強く、ペースが停滞する中で、清水は途中何度か小さなスパートを試みた。5人の集団が崩れるほどの決定打とはならなかったものの、38キロまではレースを支配していたといってよいだろう。

向かい風の中を長時間レースを引っ張るのは、スタミナを消耗させない意味から得策ではない。たとえ、体型のがっちりした風をあまり気にしないタイプの選手だとしても。その一方で、自分は風に強いことを誇示する効果はあるだろう。レース後のインタビューで、清水は「風には自信があった」と語っている。その自信の裏付けは昨年2月に行われた延岡西日本マラソンで、6メートル前後の強風下のデッドヒートを制して優勝している。

38キロ過ぎに、2時間4分台のスピードを持つテルガトとこの大会で2度の優勝経験を持つリオスのスパートにはついていけなかったが、よく粘った。この次は、風という悪条件がない場合にも、終盤勝負に食い込めるようスピードに磨きをかけてほしい。8月にベルリンで開催される世界陸上代表でのステップアップを期待したい。
[PR]
by hasiru123 | 2009-03-01 23:51 | マラソン

自分に合ったペースで

2004年大阪9位、2007年東京7位。これは、渋井陽子がアテネと北京の五輪出場を賭けて臨んだそれそれの代表選考レースの結果だ。優勝候補にあげられながら、いづれも30キロあたりから先頭集団から遅れ、ゴールに近づくに連れて加速度的にペースダウンした。

渋井陽子は、1万メートルでは日本記録、マラソンでは野口みずきに次ぐ日本歴代2位という輝かしい実績を持つ。マラソンランナーとしては申し分のないスピードを持っている。それが、大事な選考レースでは終盤に失速して勝利を逃がすという失敗が続く。

北京五輪から3ヶ月後の11月16日、東京国際女子マラソンに臨んだ。北京では1万メートルを走り、これまでにない自身のようなものが感じられた。中盤から独走態勢を築き、このまま逃げ切るかに見えた。25キロ地点では2位に44秒の差をつけていた。だが、30キロ過ぎにペースが落ち始め、今回も終盤に大きくペースを落として4位に甘んじた。

それでも、東京での走りはこれまでの渋井とは違い、成長の跡が見られた。これまでの選考会のように2時間30分を大きく超えるような落ち込みはなく、悪いなりにも2時間25分台にまとめた。また、フォームにはスピードランナー特有の堅さが見られず、調子さえよければこのままぐいぐい行けそうな感じがする。

渋井のような先行型のマラソン選手は、下手に集団につかない方が成功するのではないか思う。スピードのある選手がスローペースでついて行くと、かえって疲れて本来のスピードが発揮できないことがある。仮に、優勝した尾崎好美や2位の加納由里に終盤までついたとしても、同じように失速してしまったのではないだろうか。

五輪の疲れはもうとれたと思うが、3ヶ月はマラソンの走り込みには少し短かったかもしれない。渋井の速いペースをうまくレースの流れにのせるにはもう少し時間がかかりそうである。来年の名古屋国際女子マラソンまで、もう一度体を作り直してみてはどうだろうか。思い切り迷って、自分の考えたとおりの速いペース配分で、これからも挑戦し続けてほしい。あまり力にならない応援だけれど。
[PR]
by hasiru123 | 2008-11-30 20:44 | マラソン