夢のマラソン

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森脇康行です。             LSDから始めるランニングの世界を追求します。コミュニケーションを大切に、そして健康に注意しながら走っていきたいと思います。

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日本選手が史上最も活躍したレースと言っていいだろう。一昨日開催された東京マラソンである。

設楽悠太(ホンダ)と井上大仁(MHPS)が高い次元で競り合った。設楽は日本記録を更新し、井上は日本歴代第4位。2人は同時に2時間6分台をたたき出した。さらに他の日本選手4人が2時間8分台、3人が2時間10分を切った。一つのレースで上限の6人がGC(グランドチャンピオン)出場権を得たのは、初めてのことだ。

このレースを見て思い出したのは、1983年2月に行われた東京国際マラソンである。78-80年の福岡国際で3連覇した瀬古利彦(ヱスビー食品)が、故障明けから久しぶりに出場した大会だった。

主な出場選手に、瀬古、宗茂、宗猛兄弟(旭化成)らがいた。そして、海外からゴメス(メキシコ)、ネディー(エチオピア)、イカンガー(タンザニア)らの強豪が出場した。終盤の赤坂見附からの上りで激しいデッドヒートが展開され、瀬古が当時の日本最高記録で優勝した。続いて宗猛も日本最高で2位に入った。日本のマラソンが一番輝いていた時代である。

今回のレースはそれに次ぐもので、日本のマラソン史に残る壮絶な戦いだったといえるだろう。しかし、先の東京国際の場合と大きく異なるのは、いま世界には今回誕生した日本記録をしのぐ外国人選手が何十名もいるということだ。時間にして、トップと3分以上の開きがある。

2時間6分54秒で3位に入った井上は、レース後のインタビューに「ただただ、あんまり思い出したくないくらいに悔しい」と、ライバルに負けた心境を語った(2月26日産経新聞)。「やられたらやり返す」とも。井上は設楽と同世代の25歳だ。ぜひ、この悔しさをバネに世界と戦える力を養ってほしい。そして、多くの選手が新しい日本記録を書き換えるべく挑んでもらいたいと願っている。


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by hasiru123 | 2018-02-27 20:49 | マラソン

札幌五輪と音楽

平昌冬季五輪がたけなわである。

今から46年前に開催された札幌冬季五輪は、もともと1940年に東京五輪と同じ年に開催されるはずだった。ところが、日中戦争のために日本が開催権を返上。戦後になって日本が繁栄していく中で、改めて64年に東京五輪が、72年に札幌五輪が開催されることになった。

72年には大阪で万国博が開催されている。戦後日本の奇跡の高度経済成長を世界に示す大きなイベントが64年から72年まで続いたことになる。

平昌五輪の開会式の前日、NHK・FM放送の「クラシックの迷宮」で「音楽による札幌オリンピック回顧」を聴いた。音楽評論家で思想史研究者の片山杜秀さんが、古今東西の名曲を独創的な視点で自在に論じる音楽番組である。なお、上記の二段目と三段目のパラグラフは、片山さんの語りから私が勝手にリライトしたものである。

番組の中では、札幌五輪に関連した10曲について歴史を絡ませながら紹介していた。冒頭で流されたのは「純白の大地」(古関裕而:作曲, 歌:日本合唱協会)という入場行進曲で、東京五輪の開会式を思い起こさせる格調高いスポーツ音楽だ。そして、68年グルノーブル冬季五輪の公式記録映画の主題歌「白い恋人たち」(フランシス・レイ:作曲)が続いた。

片山さんは、「純白の大地」は「名曲だが広く歌われれたかというと、残念ながらそうでもなかった」と言う。その理由について、「白い恋人たち」を引き合いに出して「ウインタースポーツの音楽を一新した。高度資本主義社会のブルジョワジーの冬期の余暇生活のセンチメンタルな感覚の一つの定型をこの音楽が作り出してきてしまったというくらいの決定的な曲で、古関の作品ではその時代の気分を担いきれなくなった」と専門的なコメントを加えている。

しかし、開会式を盛り上げるために作られた「冬(ウィンター)」(武満徹:作曲)や行進曲「白銀の栄光」(山本直純:作曲)、「映画音楽「札幌オリンピック」から「終曲」(佐藤勝:作曲)などは、今聴いても少しも古さを感じさせない。「白銀の栄光」はバラエティー番組「ゲバゲバ90分」のバックグラウンド音楽として使われるなど、楽しいマーチに仕上がっている。そして、音楽として今につないでいる曲に「虹と雪のバラード」(トワ・エ・モワ:歌)もある。

64年から72年までの8年間で、音楽を聴く人の生活が多様化し、気分も大きく変わったということだろう。

札幌五輪から2020東京五輪までの48年間で、何が変わり、何が変わらないだろうか。大切なものが失われなければいのだが。


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by hasiru123 | 2018-02-15 19:29 | その他

2018年埼玉県駅伝

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ここ数週間で懸念されたのが選手の故障やインフルエンザなどのアクシデントだった。選手の皆さんのしっかりした体調管理によって、その心配は杞憂に終わった。

坂戸市陸上競技協会は今年も「市町村男子の部」(6区間42.195キロ)と「一般・高校女子の部」(5区間20.5キロ)にそれぞれ1チームずつ出場した。

男子は、2時間20分15秒で過去最高の5位に入賞した。15回連続出場して、5度目の入賞である。昨年と比べると、3分10秒短縮して5つ順位を上げた。1区を4位でタスキをつなぐと、以後4位から5位の間で走り切った。3区と5区の長丁場を含めて、どの区間にもウイークポイントがなかったことが飛躍の大きな要因だったように思う。

オーダーは1区と2区は昨年と同じだが、3区以降は2名が入れ替わり担当区間も変わった。新しいメンバーの加入もレベルアップにつながった。いいチームに仕上がってきた。

今後は、さらに上を目指して日々の練習に取り組んでいただきたい。とはいうものの、そう簡単なことではないことは選手自身がよく知っている。駅伝・東洋大スピリッツではないが、まさに「その1秒をけずりだせ」ということだろう。

女子は、2年続けての出場となった。女子監督兼選手のSさんにはオーダー編成で大変苦心されたが、今年も確実にりタスキをつなぐことがでた。この部門に参加する陸協チームはまだ少ない。そんな中で、私たちの取り組みが本駅伝大会の先駆けとなれば幸いである。

今年も多くの役員のみなさんにきめ細かいサポートにあたっていただいた。総勢で20名の暖かい応援に心から感謝を申し上げます。

<参考> 午前9時現在の気象コンディションは、晴れ、3.8度、北西の風1.6mだった。

(写真)さいたま新都心駅前をスタートする男子の選手たち


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by hasiru123 | 2018-02-04 21:01 | 駅伝

2018年奥むさし駅伝


先の1月28日(日)に、飯能市で第16回奥むさし駅伝競走大会が開催された。私は例によって監督として選手に付いたので、走ることはなかった。

大会本部から発表されるスタート時の気象条件を記録に書きとめるつもりが、見落としたようだった。そこで自分で気象庁発表の飯能市の気温等を調べたら、1時間ごとのデータはなかった。したがって、近隣の所沢市と秩父市の気象データの中間値をとって代替することにした。「9時 曇り -0.3度 東北東の風0.8m」だった。極寒の日々が続く今日このごろだが、この時間にしては暖かく感じられた。

坂戸市陸上競技協会として7度目の出場である。

前回から4名の選手が入れ替わり、フレッシュなオーダー編成となった。今回走った選手は全員が来週行われる埼玉県駅伝のエントリー選手であることから、そのトライアルという位置づけで臨んだ。結果は29位(出場チーム数156)で、昨年よりも25順位を上げ、記録を4分近く短縮。また、各区間の順位も26位から40位の間で安定した走りを見せた。出場した一般の部は大学や実業団のチームが含まれていて、その中でのこの結果は上出来と言っていい。

また、埼玉県駅伝で1区を予定しているI選手は、今回は別のチームから出場して最長区間の1区で18位と調子を上げてきた。次の大会での活躍を期待したい。

早朝からサポートにあたってくださった役員の皆様には、御礼を申し上げます。

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開会式の来賓としてあいさつする横溝三郎さん(東京国際大学駅伝部総監督)

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1区のスタート

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記念写真(前列が今回は走った選手たち)





第2回プラチナブロガーコンテスト



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by hasiru123 | 2018-02-02 20:48 | 駅伝