人気ブログランキング |

三芳野神社とその社宝

春爛漫の季節に突入と思いきや、花冷えの日が続く。

さて、私が氏子総代を務めさせていただいている「県指定文化財三芳野神社」の社宝展が川越市立博物館において開催中である。

市立博物館には三芳野神社の美術的、歴史的に大変貴重な文化財が保存されておいる。ぜひこの機会に、三芳野神社に寄せた先人の心に触れ、その文化遺産の一端をご鑑賞いただければと思う。以下にそのご案内をさせていただく。

内容 第27回収蔵品展「三芳野神社とその社宝」  
 川越城本丸の城内にあった三芳野神社の歴史を、その社宝から振り返る。
開催時期 3月17日(土)〜5月13日(日)
開館時間 午前9時から午後5時(入館は午後4時30分まで)休館日 3月19日(月曜)・23日(金曜)・26日(月曜)・4月2日(月曜)・9日(月曜)・16日(月曜)・23日(月曜)・27日(金曜)・5月7日(月曜)入館料 一般200円(160円) 大学生・高校生100円(80円) 
 ※( )内は20名以上の団体料金
交通案内 東武東上線・地下鉄有楽町線・地下鉄副都心線・JR川越線「川越駅」または西武新宿線「本川越駅」から東武バス「蔵のまち経由」乗車「札の辻」バス停 下車徒歩10分東武バス「小江戸名所めぐり」乗車「博物館」バス停下車すぐイーグルバス「小江戸巡回バス」乗車「博物館・美術館前」バス停下車すぐ
パンフレット 下記のサイトを参照されたい 
 → http://museum.city.kawagoe.saitama.jp/ippan/panf/30-03-17a.pdf

なお、三芳野神社は平成27年11月から漆の塗装工事中だがが、拝殿の正面からはその一部を垣間見ることができるようになっている。市立博物館から徒歩数分のところなので、併せてお立ち寄りいただければ幸だ。住所は、埼玉県川越市郭町2-25-11。


# by hasiru123 | 2018-03-20 21:02 | その他

今年の初めに地元の広報誌へ載せていただいた文章を転載する。

たった1丁の豆腐を買うためにタクシーに乗らなければならない──。ある地方都市に住む高齢者の悲鳴である。食料品や生活必需品の買い物に困る人々を「買い物弱者」(または「買い物難民」)という。

今、全国に約7百万人いると推計されている。車社会の過剰な進展と流通の変化によって、従来の商店街が急速に衰退したためである。

経済産業省の定義では「生鮮食料品店までの距離が500m以上かつ自動車を持たない人」を買い物困難者としている。だとすると、私が住んでいる町にも遠からずそのような事態に遭遇する可能性が高い。

どのような取り組みが考えられるだろうか。代表的なものに、移動販売やコミュニティバス、買い物代行、宅配などがある。行政が補助金などで支援しているケースは多いが、事業の約7割が赤字だという。急激に成長したネット通販は、高齢者には少しハードルが高い。一帯の住民が買物に困らない町へ「移住する」という手もあるが、時間と費用に難点があり、さらにその地域の衰退や文化の消滅を招く恐れがある。

そこで考えられるのが、AI技術の活用である。ドローンを使った配達や、自動運転を利用した買い物、RFID(radio frequency identifier)という超小型の集積回路を使った店舗のレジ精算などだ。そして、アナログ的ではあるが、「御用聞き」の復活である。一人暮らし高齢者の見守りにも生かせそうである。

どれも決め手を欠き、すぐに着手できそうなものはないかもしれないが、並行して進めれば効果を出せるのではないか。


# by hasiru123 | 2018-03-18 20:11 | その他

久しぶりに女子マラソンのテレビ中継で、ワクワクしながら見ることができた。

「名古屋ウイメンズマラソン2018」で、初マラソンの関根花観(日本郵政グループ)は日本人最上位の3位に入った。同時にMGCの出場権も獲得した。また、2時間23分7秒は、女子の初マラソン国内歴代4位に相当するすばらしい記録であった。

関根はもともとスピードの豊かな選手で、2年前の日本選手権10000mで2位に入り、リオ五輪の代表に選ばれている。同じ所属先の先輩である鈴木亜由子に引っ張られながら、めきめきと力をつけてきた。レースの中で見せる腰高で柔軟性のあるフォームは潜在能力の高さを物語っている。

集団の中での関根の位置は30キロ近くまではトップグループにあって、終始5キロ17分前後のラップを刻んだ。ペースメーカーがいなくなってからもペースが崩れることはなかった。集団を引っ張るメスケレム・アセファ(エチオピア)が前に出たあたりからは、さすがについて行くことができなかったが、初マラソンとしてはとてもうまいレース運びをしたと思う。マラソンへの適応力は十分で、今後が楽しみな選手である。

関根はまだハーフマラソンを走ったことがないが、今朝読んだ電子版の産経新聞によると、中学時代からマラソンを目標にしていたとのことである。好きであるとはいえ、軽々と(もちろん苦しそうではあったが)30キロ以降の鬼門を乗り越えたしまった新人に脱帽である。

また、関根の先輩の鈴木が沿道で応援している様子がテレビカメラに映し出されていたが、解説者の高橋尚子さんの話では彼女もマラソンを目指して取り組んでいるという。次のシーズンには、いよいよ鈴木亜由子のデビューが見られるかもしれない。

ここで、突然ではあるが女子マラソンと関係ない話題に移る--。私事になるが、この日は日高市で開催された「日高かわせみマラソン」に出場する予定を組んでいたが、インフルエンザのために、果たすことができなかった。2年ぶりの同大会を楽しみにしていたが、大変に残念である。

インフルエンザとかぜの諸症状は似てはいるが、その実態はまったく異なる病気であることに遅ればせながら気づかされた。39度を超えるような高熱は出なかったが、激しい頭痛と脱力感が5日間続き、体力をずいぶん消耗してしまった。幸いにして食欲の減退はそれほどではなかったものの、発症から9日たった今でも完全にはもとの味覚に戻っていない。好きなコーヒーやビールもまだ飲みたいとは思わない。

あと1週間もすれば桜が開花しそうな気配である。春風に乗って走れるのは、もう少し先になりそうだ。





小さい春、みーつけた!



# by hasiru123 | 2018-03-12 20:38 | マラソン

日本選手が史上最も活躍したレースと言っていいだろう。一昨日開催された東京マラソンである。

設楽悠太(ホンダ)と井上大仁(MHPS)が高い次元で競り合った。設楽は日本記録を更新し、井上は日本歴代第4位。2人は同時に2時間6分台をたたき出した。さらに他の日本選手4人が2時間8分台、3人が2時間10分を切った。一つのレースで上限の6人がGC(グランドチャンピオン)出場権を得たのは、初めてのことだ。

このレースを見て思い出したのは、1983年2月に行われた東京国際マラソンである。78-80年の福岡国際で3連覇した瀬古利彦(ヱスビー食品)が、故障明けから久しぶりに出場した大会だった。

主な出場選手に、瀬古、宗茂、宗猛兄弟(旭化成)らがいた。そして、海外からゴメス(メキシコ)、ネディー(エチオピア)、イカンガー(タンザニア)らの強豪が出場した。終盤の赤坂見附からの上りで激しいデッドヒートが展開され、瀬古が当時の日本最高記録で優勝した。続いて宗猛も日本最高で2位に入った。日本のマラソンが一番輝いていた時代である。

今回のレースはそれに次ぐもので、日本のマラソン史に残る壮絶な戦いだったといえるだろう。しかし、先の東京国際の場合と大きく異なるのは、いま世界には今回誕生した日本記録をしのぐ外国人選手が何十名もいるということだ。時間にして、トップと3分以上の開きがある。

2時間6分54秒で3位に入った井上は、レース後のインタビューに「ただただ、あんまり思い出したくないくらいに悔しい」と、ライバルに負けた心境を語った(2月26日産経新聞)。「やられたらやり返す」とも。井上は設楽と同世代の25歳だ。ぜひ、この悔しさをバネに世界と戦える力を養ってほしい。そして、多くの選手が新しい日本記録を書き換えるべく挑んでもらいたいと願っている。


# by hasiru123 | 2018-02-27 20:49 | マラソン

札幌五輪と音楽

平昌冬季五輪がたけなわである。

今から46年前に開催された札幌冬季五輪は、もともと1940年に東京五輪と同じ年に開催されるはずだった。ところが、日中戦争のために日本が開催権を返上。戦後になって日本が繁栄していく中で、改めて64年に東京五輪が、72年に札幌五輪が開催されることになった。

72年には大阪で万国博が開催されている。戦後日本の奇跡の高度経済成長を世界に示す大きなイベントが64年から72年まで続いたことになる。

平昌五輪の開会式の前日、NHK・FM放送の「クラシックの迷宮」で「音楽による札幌オリンピック回顧」を聴いた。音楽評論家で思想史研究者の片山杜秀さんが、古今東西の名曲を独創的な視点で自在に論じる音楽番組である。なお、上記の二段目と三段目のパラグラフは、片山さんの語りから私が勝手にリライトしたものである。

番組の中では、札幌五輪に関連した10曲について歴史を絡ませながら紹介していた。冒頭で流されたのは「純白の大地」(古関裕而:作曲, 歌:日本合唱協会)という入場行進曲で、東京五輪の開会式を思い起こさせる格調高いスポーツ音楽だ。そして、68年グルノーブル冬季五輪の公式記録映画の主題歌「白い恋人たち」(フランシス・レイ:作曲)が続いた。

片山さんは、「純白の大地」は「名曲だが広く歌われれたかというと、残念ながらそうでもなかった」と言う。その理由について、「白い恋人たち」を引き合いに出して「ウインタースポーツの音楽を一新した。高度資本主義社会のブルジョワジーの冬期の余暇生活のセンチメンタルな感覚の一つの定型をこの音楽が作り出してきてしまったというくらいの決定的な曲で、古関の作品ではその時代の気分を担いきれなくなった」と専門的なコメントを加えている。

しかし、開会式を盛り上げるために作られた「冬(ウィンター)」(武満徹:作曲)や行進曲「白銀の栄光」(山本直純:作曲)、「映画音楽「札幌オリンピック」から「終曲」(佐藤勝:作曲)などは、今聴いても少しも古さを感じさせない。「白銀の栄光」はバラエティー番組「ゲバゲバ90分」のバックグラウンド音楽として使われるなど、楽しいマーチに仕上がっている。そして、音楽として今につないでいる曲に「虹と雪のバラード」(トワ・エ・モワ:歌)もある。

64年から72年までの8年間で、音楽を聴く人の生活が多様化し、気分も大きく変わったということだろう。

札幌五輪から2020東京五輪までの48年間で、何が変わり、何が変わらないだろうか。大切なものが失われなければいのだが。


# by hasiru123 | 2018-02-15 19:29 | その他

2018年埼玉県駅伝

c0051032_20035081.jpg


ここ数週間で懸念されたのが選手の故障やインフルエンザなどのアクシデントだった。選手の皆さんのしっかりした体調管理によって、その心配は杞憂に終わった。

坂戸市陸上競技協会は今年も「市町村男子の部」(6区間42.195キロ)と「一般・高校女子の部」(5区間20.5キロ)にそれぞれ1チームずつ出場した。

男子は、2時間20分15秒で過去最高の5位に入賞した。15回連続出場して、5度目の入賞である。昨年と比べると、3分10秒短縮して5つ順位を上げた。1区を4位でタスキをつなぐと、以後4位から5位の間で走り切った。3区と5区の長丁場を含めて、どの区間にもウイークポイントがなかったことが飛躍の大きな要因だったように思う。

オーダーは1区と2区は昨年と同じだが、3区以降は2名が入れ替わり担当区間も変わった。新しいメンバーの加入もレベルアップにつながった。いいチームに仕上がってきた。

今後は、さらに上を目指して日々の練習に取り組んでいただきたい。とはいうものの、そう簡単なことではないことは選手自身がよく知っている。駅伝・東洋大スピリッツではないが、まさに「その1秒をけずりだせ」ということだろう。

女子は、2年続けての出場となった。女子監督兼選手のSさんにはオーダー編成で大変苦心されたが、今年も確実にりタスキをつなぐことがでた。この部門に参加する陸協チームはまだ少ない。そんな中で、私たちの取り組みが本駅伝大会の先駆けとなれば幸いである。

今年も多くの役員のみなさんにきめ細かいサポートにあたっていただいた。総勢で20名の暖かい応援に心から感謝を申し上げます。

<参考> 午前9時現在の気象コンディションは、晴れ、3.8度、北西の風1.6mだった。

(写真)さいたま新都心駅前をスタートする男子の選手たち


# by hasiru123 | 2018-02-04 21:01 | 駅伝

2018年奥むさし駅伝


先の1月28日(日)に、飯能市で第16回奥むさし駅伝競走大会が開催された。私は例によって監督として選手に付いたので、走ることはなかった。

大会本部から発表されるスタート時の気象条件を記録に書きとめるつもりが、見落としたようだった。そこで自分で気象庁発表の飯能市の気温等を調べたら、1時間ごとのデータはなかった。したがって、近隣の所沢市と秩父市の気象データの中間値をとって代替することにした。「9時 曇り -0.3度 東北東の風0.8m」だった。極寒の日々が続く今日このごろだが、この時間にしては暖かく感じられた。

坂戸市陸上競技協会として7度目の出場である。

前回から4名の選手が入れ替わり、フレッシュなオーダー編成となった。今回走った選手は全員が来週行われる埼玉県駅伝のエントリー選手であることから、そのトライアルという位置づけで臨んだ。結果は29位(出場チーム数156)で、昨年よりも25順位を上げ、記録を4分近く短縮。また、各区間の順位も26位から40位の間で安定した走りを見せた。出場した一般の部は大学や実業団のチームが含まれていて、その中でのこの結果は上出来と言っていい。

また、埼玉県駅伝で1区を予定しているI選手は、今回は別のチームから出場して最長区間の1区で18位と調子を上げてきた。次の大会での活躍を期待したい。

早朝からサポートにあたってくださった役員の皆様には、御礼を申し上げます。

c0051032_20210592.jpg


開会式の来賓としてあいさつする横溝三郎さん(東京国際大学駅伝部総監督)

c0051032_20200940.jpg


1区のスタート

c0051032_20393323.jpg


記念写真(前列が今回は走った選手たち)





第2回プラチナブロガーコンテスト



# by hasiru123 | 2018-02-02 20:48 | 駅伝

c0051032_20392446.jpg


日本のカヌー競技で、ライバルのペットボトルに禁止薬物を混入するという事件が起きた。2014年のリオ五輪では初めてメダルを獲得したが、それに水を差す事態となった。

本人が意図的に行うものではなく、ライバルなどの妨害のために行うドーピングを「パラ・ドーピング」というのだそうだ。ドーピング検査で陽性が判明すると、選手自身が潔白であることを自分で証明しなければならない。ましてパラ・ドーピングとなると、犯人を自分で探して、証拠を差し出すことが求められる。気の遠くなるくらいハードルが高い。

幸いにして、日本はこれまでドーピングについてはクリーンとされていたため、それほど強い関心がなかったかもしれない。しかし、これからはそうはいかないだろう。防止策については、競技団体と選手自身によるリスクマネジメントを徹底するしかないのではないか。

残念なことだが、性悪説に立たざるを得ない。そして、子供たちにフェアープレー精神を説く以前に、まずは大人たちがトップアスリートの不正に対し、どう向き合うのをよく考える必要があるだろう。

1月11日の朝日新聞で、「カヌー不祥事/個人の罪で済ませるな」と題した社説が掲載されていた。スポーツ倫理を組み込んだ教育・研修プログラムを成長過程に合わせて編成し、子どものうちから折にふれ、伝えていくことを提案している。同感だ。例えば、選手の相談に乗り、精神面から支えるメンタルトレーナーの育成・充実や、納得できる代表選考なども、引き続き取り組むべき課題だろう。いま指導者に必要なのは、技術の向上や精神力の強化よりも競い合う仲間たちへのリスペクトをどう教えるかだ。

トップアスリートとの競争に敗れた人たちをどうケアするかも大事である。そして、スポーツの第一線を離れた選手たちの第二の人生をどう歩むかについても、適切にサポートできる社会にしていくことを忘れてはならない。

(写真)厳冬期の初雁公園/埼玉県川越市





第2回プラチナブロガーコンテスト



# by hasiru123 | 2018-01-24 20:30 | その他

この正月に見た映画から。いずれもヒトラーが絡むものだった。
『ヒトラーに屈しなかった国王』は、第二次世界大戦当時、ナチス・ドイツに抵抗し、国の運命を左右する決断を下したノルウェー国王ホーコン7世の3日間(1940年4月9日-11日)を描いた物語である。

ナチス・ドイツ軍がノルウェーに侵攻した。降伏を拒否した国王は、閣僚とともに首都オスロを離れる。ドイツ公使ブロイアーは再び降伏を要求し、ノルウェー政府に国王との謁見の場を設けるよう求めてくる。翌日、ドイツ公使と会うことになった国王は、ナチスに従うか、国を離れて抵抗を続けるか、決断を迫られる。

北欧の小国ながらナチス・ドイツに最も抵抗し続けたノルウェーにとって、歴史に残る重大な決断を下した国王ホーコン7世の運命やいかに。

ノルウェーは立憲君主制を維持しながら、対外的には中立の立場をとってきた。立憲君主制は憲法に従って君主が政治を行う制度だが、君主の権力は憲法によって制限されている。君主の地位はたぶんに形式的であり、議会や内閣が統治の中心を占める。そのためには国王といえどもドイツの支配下に組み込まれるという重大な決定を簡単に承諾するわけにはいかないのだ。

しかし、軍事的に弱小国のノルウェーが抵抗の姿勢を貫徹することは困難を極める。国民への責任を果たすには、ドイツとどう向き合えばいいのか。白旗を挙げてドイツの軍門に下るというのも、犠牲を最小に食い止めるという意味では、ありだと思う。国民視点に立ったとき、ホーコン7世の姿勢が必ずしも最適な解だったとは言えないかもしれないが、小国の運命を背負った国王の姿に凛々しさと親しみを感じた。

この映画を一面的な戦争ドラマにしなかったのは、国王の国民と政府への誠実な態度によるところが大であるが、ヒトラーの指示を伝えるドイツ公使の役回りも光っている。ノルウェーのクーデターにより誕生したクヴィスリング政権(ナチス・ドイツ寄りの新政権)を批判しつつ降伏を求めるあたりは、硬軟織り交ぜたしたたかな外交官だ。

今の日本の立憲政治と照らして考えてみるには、格好の作品だと思う。

もう一つは『否定と肯定』。ホロコーストの真実を探求するユダヤ人の女性歴史学者デボラ・F・リップシュタットと、イギリスの歴史作家で、ホロコーストはなかったとする否定論者のデイヴィッド・アーヴィングが、法廷で対決する。ノンフィクションを基に作られた映画である。

ホロコーストとは、ユダヤ人などに対してナチス・ドイツが組織的に行った大量虐殺を指す。第二次世界大戦後、二度とこのような行為を繰り返してはならないという強い意志、魂が、少なくとも欧米諸国を支えてきた。

真実を守ろうとする者は、否定論者のような存在とどのように向き合うべきなのか。無視するのがいいか、ホロコーストの生き証人に語らせるのがいいか・・・。この難しいテーマに直球勝負で挑んだのが「否定と肯定」である。

映画を見る楽しみをそぐといけないから、話の中身にはこれ以上触れないことにする。私がここで注目したのは、イギリスでは、アメリカと違い(もちろん日本とも違うが)、原告ではなく被告に立証責任がある点だった。アーヴィングがイギリスで訴えを起こした理由の一つはここにある。リップシュタットがイギリスの弁護士を雇って、この重い立証責任をどんなやり方で果たそうとするのかも大きな見どころである。

本題からそれるが、リップシュタットはイギリス滞在中も時間のある限りジョギングを欠かさないという熱心なランナーだ。弁護士から、走るルートを変えるように助言されるくだりがあるが、何事も起こらなくて安堵の胸をなでおろした。

『ヒトラーに屈しなかった国王』はノルウェー、『否定と肯定』はアメリカの作品だが、最近の日本にはこんな力の入った映画が少なくなったなあと、深く感じ入った。なお、ナチス・ドイツを巡る映画は、この他に『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』と『ブルーム・オブ・イエスタディ』(いずれも未見)が上映中だ。





第2回プラチナブロガーコンテスト



# by hasiru123 | 2018-01-10 20:40 | 芸術

今年の箱根駅伝は、青学大が史上6校目の4連覇を果たした。往路では山上りの5区でトップの東洋大を激しく追い上げ、復路では山下りの6区で東洋大を逆転した。トップに立つと、続く7、8区も連続の区間賞で2位以下を大きく引き放した。往路の東洋大は1,2年生の活躍でトップをキープした。

青学大は5区の竹石が右足のけいれんのため東洋大を追いきれなかったが、6区以降は青学大の描いたとおりの展開となった。青学大と並んで優勝候補の一角とされた東海大と神奈川大は、今季活躍したスピードランナーを多く擁してはいたが、力を発揮することができなかった。

青学大の強さは、何といっても選手層の厚さにある。16名の登録選手中、13分台(5000m)または28分台(10000m)の選手が多数いる中で、実際に走れなかった選手が3名いる。同様に、登録すらされなかった選手も4名いる。主将の吉永龍聖も登録されたものの出場することはなかった。このように実績のある選手でも、調子次第で容赦なく候補から外されていく。

前回5区を走った神野大地や2区の一色恭志ような超エース級の選手は見られないものの、これだけ走力のある選手をそろえられるチームは他にはない。チーム内の競争の激しさはいかばかりかと思う。東海大にもたしかに素晴らしい記録を持っている選手は多いが、切磋琢磨の点で青学大の後塵を拝しているといえるだろう。

私の関心は、早くも来年の戦いに向いている。これからも青学大は力のある高校生が多く入学してくるだろうから、来年も優勝候補はゆるぎないだろう。また、下級生の頑張りで往路を面白くしてくれた東洋大は、戦力が大幅にアップすることが予想される。東海大や拓殖大、法政大なども今年のメンバーが多く残るし、神奈川大も戦力を立て直してくるだろう。そして、五輪のマラソンを目指す選手が輩出するのではないかという期待もある。





第2回プラチナブロガーコンテスト



# by hasiru123 | 2018-01-07 18:37 | 駅伝

今年の10大ニュース

今年の10大ニュースを挙げてみた。直接自分がかかわっていなくても、わがことのように思えたものは、取り上げた。

1 3年ぶりに小江戸川越ハーフマラソンを走った。来年のフルマラソンにつながればうれしい。
2 所属しているランニングクラブの合宿で、質と量の両面で例年の7割程度ではあったが、走り切ることができた。無理をせず、余裕をもって走ることを忘れないように。
3 9月に、桐生祥秀選手(東洋大)が陸上男子100mで念願の9秒台を出した。日本の短距離界に光が差し込んだことで、忘れられない日に。
4 旭岳で、念願の日本の一番早い秋を見ることができた。鮮やかな紅葉と山の噴煙が脳裏から離れない。
5 遠藤周作の小説を映画化した米作品「沈黙-サイレンス-」を観て、「許し」や「救い」について改めて考えさせらた。はたして、異国や異文化を理解することはできるのだろうかと。
6 地域の方々の力を借りて、オレンジカフェを立ち上げることができた。「継続は力なり」を忘れずに。
7 三浦綾子の『氷点』と『続氷点』を読み、人はいかに生きるべきかという「救い」の文学に触れ、海図のない自分の人生を考えた。重苦しいテーマでありながら、一気に読みほした。
8 県指定文化財三芳野神社の修理工事が半ばを迎え、少しずつ明暦のころの彩りが複現されつつある。あと1年3か月すると竣工に。
9 健診などで2つの要精検が見つかったが、異常はなく安堵の胸をなでおろした。来年は何が見つかるかと思うと滅入るので、何を見ようかと考えたい。
10 おかげさまでこの1年も病気やさしたる故障はなく、健康で走ることができた。今年最大の収穫というべきか。

さて、年明けの箱根駅伝はどうだろうか。今回は「戦国駅伝」と言われる中、東海大が元気である。5000mと10000m、ハーフマラソンで登録選手の上位10名の平均タイムがすべてトップである。5000mの14分未満が12名、10000mの29分未満が7名、ハーフマラソンの63分未満が6名もいる。この圧倒的な選手のスピードからして、来年は東海大が初優勝しそうな気配である。

ところが、そうはいかないのがこれまでの箱根駅伝である。今年の出雲駅伝と全日本大学駅伝では優勝できなかった青学大は箱根3連覇中だ。長い距離ではこの大学が地力を発揮するのではないだろうか。勝負のカギを握るのは5区の上りと6区の下りである。

29日に発表された各大学の区間エントリー選手を見ると、何名か有力な選手を補欠に置いている。中でも、5区と6区で様子を見ようとするチーム目立つ。この2つは選手のスペシャリテイが求められる区間で、起用方法によっては大きな差がつく。したがって、中盤でレース展開が目まぐるしく変わることも考えられる。

箱根駅伝が面白いのは、1区や2区といったスピードランナーがそろう区間での競り合いだけでなく、上りと下りのある中盤に激しい攻防が見られるからだ。前半に上り坂があって、後半に下りがあり、やがてフラットなコースになる。人生と同じではないかと思えてくる。





第2回プラチナブロガーコンテスト



# by hasiru123 | 2017-12-31 17:33 | その他

今年の9月に「オレンジカフェ郭二(くるに)」をオープンした。

みなさんは「オレンジカフェ」というのをご存じだろうか。やや硬い言い方になるが、「認知症の高齢者やその家族に対する生活支援などを充実させるための施策の一つとして地域住民などが参加でき、和やかに集うことができる場」(川越市地域包括ケア推進課)がオレンジカフェとされている。「認知症カフェ」(以下「オレンジカフェ」と表記)ともいう。

具体的に言うと、次のようになる。

「認知症について、家で気軽に立ち寄り話し合える場所。発症によらず、だれでも参加できる」
「参加費用は一人100円から300円程度。歓談中心だが、介護員や看護師などスタッフによるミニ体操、健康相談などのプログラムがあることも」
「市町村の介護担当者や地域包括支援センターへ問い合わせれば、最寄りにあるかどうかを知ることができる」     
   (2015年12月4日のに日本経済新聞の記事から)

私が住んでいる川越市には「川越まつり」という秋の大きな行事があるが、子どものころには各地に神社の祭や盆踊りなど人々が集う催し物がたくさんあった。今は、そのような機会が少なくなっている。そこで、自治会が中心になって関係機関の協力を仰ぎながら、自治会館で定期的に行える催し物ができないか、という声が上がっていた。

c0051032_18122575.jpg


「オレンジカフェ郭二」は、かつてはどこの横丁にもあったいわゆる井戸端会議よりは広く、個人的な話題には深入りしない雑談のようなものと考えればいいだろう。

オレンジカフェは、1990年代にオランダで始まったアルツハイマー協会の活動がその起源とされている。その後、英国をはじめヨーロッパ各地へ広まった。日本では厚生労働省の新レンジプランの中で認知症の介護者の負担軽減策として取り上げられ、現在は全国に広がって約600カ所で開催されている。川越市では29か所で実施され、埼玉県内では、最も活動が盛んである。

オレンジカフェの運営母体は、NPO法人や社会福祉法人、市町村、医療機関など様々だ。また、活動場所も病院施設をはじめとして店舗、行政や社会福祉協議会の会場、介護施設等が利用されている。小カフェは、地域包括支援センターの支援の下で地元自治会と老人会や女性団体との共催で開催にこぎつけた。

先にも書いたとおり、オレンジカフェの対象は一般的には「認知症の高齢者やその家族」とされている。私の住む地域ではその範囲を大きく広げて「認知症を予防するための出会いと新たなつながりの場」と考えている。したがって、必ずしも認知症の人である必要はなく、もちろん高齢者でなくてもかまわない。若いお母さんたちや子どもたちの参加も歓迎だ。

c0051032_15335715.jpg


オレンジカフェには特別なプログラムはなく、過ごし方や時間の使い方を自分で決めることができる。介護施設のようにコミュニケーションとしての様々なメニューを提供することはしないで、雑談を楽しむだけである。参加者からは100円(小会の場合)を負担してもらい、飲み物や菓子等を提供する。飛び入りで手品や演奏などが入ることもある。事前の申し込みは不要で、午前10時30分から12時までの間であれば出入りは自由である。大切なのは、認知症の人としてではなく、ひとりの人として過ごせる場を提供することである。

立ち上げた理由には次のような背景がある。私たちの平均寿命が延びる中で、2017年の日本人の平均寿命は男性80.75歳、女性は86.99歳で過去最高を更新した(厚生労働省の生命表による)。もうすぐ「人生100年時代」が訪れようとしている。歳を取ればだれしも身体的にも精神的にも様々な障がいを帯びてくる。そうした事態が訪れることは避けられないとしても、少しでも先延ばしすることはできるのではないか。

人は一人では生きられない。まして認知症という病気になったり、認知症の人を支えて生きる家族のことを考えたりすると、なおさらその思いは強くなる。そんなとき、同じ境遇の仲間との絆が生まれたり、周囲で理解してくれる人たちの支えがあったりするならば、いささかなりとも幸せを感じることができるかもしれない。

c0051032_17390691.jpg


微力ではあるが、オレンジカフェの開催がその手助けになればうれしい。開催日時は毎月第4金曜日10時30分で、会場は郭町2丁目自治会館(埼玉県川越市郭町2丁目19番地の6)。





第2回プラチナブロガーコンテスト



# by hasiru123 | 2017-12-21 06:06 | その他

黒山・鎌北湖駅伝を走ってきた。

私が所属する若葉グリーンメイトからは、一般男子4チーム、同女子1チームの計5チームが出場した。役員を含めて、総計で34名となった。

全体では、昨年より14チーム上回る74チーム(棄権を除く)が参加した。ナンバーカードは、越生梅林にちなんだ梅のデザインが施され、素晴らしい仕上がりとなっている。また、プログラムがカラー版に様変わりした。この大会は、参加チーム数や競技面での水準がほどほどで、市民ランナーには走りやすいと好評の駅伝である。1団体あたりの参加チーム数や選手の記録等に制約が少ない点から、参加しやすい大会なのだろう。

さて、若葉グリーンメイトの活躍ぶりについて。私見ではあるが、評価したいポイントは3つある。まず、女子の部で3年連続の準優勝に輝いたことだ。3年前から女子の単独チームを出してきたが、補欠選手を含めたメンバーをそろえることは簡単ではなかった。選手のやりくりに奔走された女子監督に敬意を表したい。

そして、男子のAチームが若葉グリーンメイトぼベスト記録で総合13位に入ったこともうれしいことだった。若手とベテランがかみ合い、いいチームになってきた。

番外として(失礼!)、シリアスな競い合いではないかもしれないが、ベテラン選手も負けてはいなかった。そういう私も、Dチームの4区(4.1キロ)を走らせてもらった。総合タイムでは1時間41分4秒から同44分30秒の約3分間に、順位では33位から41位の11チームの中に、B、C、D、女子の4チームが入るという身内の中での激しいつばぜり合いが見られた。結果として、ゴール地点で提供されたゆず汁を選手全員が早くいただくことができた。

ただし、いいことばかりとは言えない。半月前に決めたオーダーに対して、故障等の事情で4名の選手が出場できなくなり、選手を変更せざるを得なくなったことは残念だった。選手の皆さんには、来年は体調管理により一層気をつけて駅伝及び練習参加に臨んでいただきたい。

c0051032_19411030.jpg
c0051032_19372323.jpg
c0051032_19370892.jpg

  (写真上)1区のスタート
  (写真中)区間賞に輝いた女子チームのA選手
  (写真下)閉会式後の記念写真
  


# by hasiru123 | 2017-12-04 20:25 | 駅伝

3年ぶりの小江戸川越ハーフマラソンを走ってきた。早朝は冷え込んだが、時間とともに気温が上がり、風もが弱かったため、この時期としてはとてもいいコンディションに恵まれた。

メインのハーフマラソンの部には男女合わせて約6,400人のランナーが出場した。この規模の大会になると、選手個人の視点で会場全体の様子を把握することは難しく、自分の行動した周囲のことくらいしかうかがい知ることができない。

私はスタート10分前に待機レーンへ入ったが、前列から数えて自分のナンバーカードにあたる位置へスムーズに入ることができた。女子は男子の右側の列へ並ぶことになっていたが、しっかりそのスペースを確保されていた。私は陸協登録者としてエントリーしたので比較的若いナンバーカードを与えられていたためかもしれないが、スタート時の周囲の混乱はほとんどなかった。

今年で8回目を数えるが、回を重ねるごとに大会運営が円滑になり、出場する選手のマナーもよくなったように感じられた。開始当初の混乱ぶりは嘘のようである。そして、4つの大学から招待選手が約80名参加するなどして、記録面でも大会のレベルを押し上げた。

さて、私のことを少し。先にも書いたとおり、大会そのものが久しぶりだったので、目標タイムは設けないで「余裕をもってゴールすること」を心がけた。じつは、直前1週間の調整練習では通常の半分程度の量しかこなすことができなかった。数日前に、右足第一指のマメが固まった後にひび割れを起こしたり、左脚の踝(くるぶし)下に軽い痛みを感じたりしたためである。

c0051032_16345322.jpg
       

   (写真)19キロ地点を走る私です(撮影:岸啓祐)

結果として、練習不足と出るか、疲労がとれて好結果をもたらすかは、走って確認することにした。後半になって、左足にマメを作ってペースが徐々に落ちていった。しかし、その分だけ身体的には余裕を残して走りきることができたといえるだろう。まずは、これといった故障なくゴールできたことにほっとしている。

3年前よりも約9分の後れを取ったが、よくがんばったと70点くらいをつけることにする。来年は、今回の結果を目標にしたい。


# by hasiru123 | 2017-11-26 19:21 | マラソン

ニコニコペースで

6日後に、3年ぶりで小江戸川越ハーフマラソンを走る。今回はどのように走ろうかと、いま思案しているところである。

3年間には故障を繰り返すうちに、体力も落ちてきた。加えて、練習不足でもある。そこで、無理をしないで、余裕をもってゴールすることを第一にと思っている。そのためには、ほぼイーブンペース、そしてニコニコペースで走りきることだ。

じつは、このニコニコペースというのは、福岡大学でスポーツ生理学を教えておられる田中宏暁先生らが提唱したフルマラソンのトレーニングに効果的と言われるランニングペースのことである。具体的には、最大酸素摂取量の5割程度の運動強度で走る。歩くようにゆっくり走るのである。

ちなみに、最大酸素摂取量というのは、有酸素能力の最大値のことで、5分から10分くらいしか持続させることができない。ところが、5割程度の運動強度で走ると、だれもがいつまでも走り続けることができる。ニコニコペースとは、そんな体に優しい走り方をいうのだそうである。ただし、「エネルギーが残されている限りは」という条件が付されるが。

この考え方の基本は、レースで闘うということはしないで、自然の力にゆだねるということだろう。『ロストターン』(ブルック・ニューマン著/五木寛之訳)を読んでいたら、同じような発想に出会った。運命と闘って生きていくのではなく、それを受容して生きていく。大きな運命を受け入れるということは、決して敗北ではないのだと。

マラソンにおいても、その姿をありのままに受け入れ、じっくり自分自身と向き合うことが、完走につながる。そして、故障を繰り返さないためにも、それは大切なことだと、遅まきながら気がついた。


# by hasiru123 | 2017-11-20 20:57 | マラソン